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Archive for 10月, 2013

クラシック音楽と法律家

金曜日, 10月 25th, 2013

chorus私は,小学生の頃からクラシック音楽が好きで,今でも,事務所で交響曲などのCDをよく聞きます。

写真は,大阪フィルハーモニー管弦楽団のホームページからコンサートの画像を引用いたしました。首席指揮者であった故・朝比奈隆さんの指揮するベートーヴェンやブルックナーは,本当にスケールが大きく,すばらしいものでした。

さて,訟務検事をしていた際,法務局内で回覧される冊子に,法律家とオーケストラとで似ている点について,軽いエッセイを書いたことがあります。その後,「法曹」という雑誌にも転載していただきました。

このブログでも,その文章の内容を簡単にご紹介いたします。現職時代に書いた内容を踏襲していますので,ちょっと検察官や訟務検事について,ひいき目になっております。

(1)裁判官について

裁判官をオーケストラでたとえるのであれば,「指揮者」でしょう。特に民事事件において,裁判官は,対立する当事者双方の主張を整理し,争点を明確にし,必要な立証を促すことにより,その事案にとって最も適切な解決を目指すという積極的な役割を担います。その姿は,オーケストラに楽曲の解釈を伝え,テンポや音の強弱を指示して,美しい音楽を作り出すという指揮者の姿に似ています。

指揮者が素晴らしければ,音楽は魅力的なものとなり,聴衆によるブラヴォーの嵐やスタンディング・オベーションによる賞賛,更には新聞や音楽雑誌による高い評価が得られます。同じように裁判官が優秀であれば,その判決理由には敗れた当事者ですら納得し,専門家は「素晴らしい判旨だ!!」と唸り,判例評釈でも貴重な裁判例として取り上げられます(ちょっと地味かな……)。

(2)検察官

検察官は,犯罪捜査と公判活動によって犯人の適正な処罰を求めるという役割を担います。その姿勢は常に攻めであり,また同僚の検察官,検察事務官のほか警察官とも協力しあって,組織的なプレーを行うという性格を持っています。

これは,オーケストラでたとえるならば,「コンサート・マスター」です。コンサート・マスターは,通常第1ヴァイオリンの首席奏者が務め,アンサンブルを揃えるなど,オーケストラ全体をまとめる役割を担っています。実際に音楽を奏でるのはオーケストラですから,いくら優秀な指揮者がいても,オーケストラがきちんと鳴らない限り,良い音楽は生まれません。

つまり,コンサート・マスター(検察官)は,(捜査・公判という)舞台で,オーケストラ(警察官など)をまとめて,良い音楽を奏で(適正な処罰を実現し),聴衆に感動(国民に安心)を与えるのです。

(3)訟務検事

訟務検事については,なかなかピタッと当てはまる役がありません。

組織の一員として,訟務官や行政庁と協力しあっているという点ではソリストではなく,オーケストラの一員でしょうが,コンサート・マスターほどの強い権限はないようです。また,本来の仕事の内容は国の正当な利益の擁護ですが,行政側の代理人という性格から,一部マスコミからは悪役のように言われることもあり,その立場はなかなか複雑です。

ここは,地味だけど音楽に深みをつくるためには不可欠な役割を持つ,第2ヴァイオリン又はヴィオラの首席奏者ということにしたいと思います(シブいっ!!)。

(4)弁護士

弁護士は,原則として組織に属さない一匹狼です。だから,オーケストラのメンバーではなく,ソリストに当たります。

中でも,1台ですべての音域をカヴァーできるピアノの演奏者「ピアニスト」がピッタリです。

たまに連弾やピアノ協奏曲のように弁護団を形成することもありますが,基本的には法廷という舞台にたった1人で登場し,時には,コンサートの成功・不成功(事件の勝敗)まで自分の腕1本にかかってくることがあるのも,弁護士とピアニストの共通点といえるでしょう。

参考:茂木大輔「オーケストラ楽器別人間学」新潮文庫

 

法律相談コーナー①(遺言について教えて)

火曜日, 10月 22nd, 2013

3-001私は俳句,謡,将棋を趣味にしており,また,ほんのわずかですが地域のボランティアの活動もしておりますので,普段から高齢者の方と接する機会が多いです。

そこで,このブログでも,主に高齢者の方向けに,ごくごく入門的な法律相談としてQ&Aコーナーを連載することにいたしました。

なお,画像は私がよく利用させていただく梅田公証役場の地図です(法務省のホームページから引用)。ヨドバシカメラから徒歩数分の便利な場所にあります。

 

Q 私には長男と長女がいます。長女は遠方に嫁いでおり,私は夫に先立たれたので,現在,長男と2人暮らしです。

私が亡くなった後のことですが,長女にはこれまで生前贈与をしていることもあり,自宅の不動産は,長男だけに遺したいのですが,どうすればいいですか(相談者・八重さん〈仮名〉80歳)。

 

 八重さんの相続人は,長男と長女の2人です。相続分はそれぞれ2分の1ですから,八重さんが亡くなった場合,自宅の不動産は,長男と長女とで,それぞれ2分の1ずつの共有になります。そこで,長男だけに相続させたいのであれば,遺言書を作成する必要があります。

遺言書には,いくつか種類があります。例えば自筆証書遺言は,自分1人で書けるので簡単ですが,本人の自筆かどうかの確認や保管の問題,裁判所の検認が必要であるなど面倒な点もあります。

将来の争いを防ぐためには,公証役場で公証人に作成し,保管してもらう公正証書遺言が最適です。

手続は,公証役場に行って事前に申し込みをし,戸籍や印鑑証明など必要な書類を準備すれば,意外と簡単に作成できます。公証人に支払う費用は,例えば財産が5000万円の場合は2万9000円です。

その他,2名の証人が必要ですが,心当たりがない場合でも,公証役場で紹介してくれるので大丈夫です。

ただ,遺言書を作成した場合でも,長女には自らの相続分の更に2分の1について遺留分という権利があり,八重さんが亡くなった後に長女がその権利を行使すれば,自宅不動産の4分の1を相続することができます。

しかし,長女が生前に住宅資金など生計のために贈与を受けていれば,それは先に相続をしたものとして扱われますので,その場合には,必ずしも不動産について遺留分があるとは限りません。

また,遺留分による争いを事実上防ぐために,遺言に「付記事項」として,長男だけに自宅不動産を遺すことの意味(先祖伝来の土地を守るためなど)を書いておくのも良いでしょう。

刑事弁護へのよくある疑問とその回答

水曜日, 10月 16th, 2013

41qLrVfbJ8L刑事弁護を専門にしていると言うと,「悪い人の弁護なんて,何でするの?」と率直に言われるときがあります。

これは,刑事弁護に対する世間のよくある疑問といえます。

この疑問に対する私の答えは3つあります。

1 本当に悪いことをしたかどうかは,わからないこと

罪を犯したとして逮捕,勾留されたからといって,その人が本当に疑われていることをしたかどうかは,わかりません。その段階では,飽くまで捜査側の見立てにすぎないのです。実際にはそもそもやっていなかったということもありますし,そうでなくても,逮捕事実と実際の事実とが異なることは,よくあります。

そのときに犯罪を疑われている人の味方として,活動できるのは弁護人だけです。本当に罪を犯したかどうか,また,実際にやったこと以上の疑いがかけられていないかをきちんと明らかにするために,刑事弁護は不可欠です。

引用の画像は,周防監督の「ぞれでもボクはやってない」という痴漢えん罪をテーマにした映画です。綿密な取材に基づいており,我々プロの目から見てもリアリティがありました。なお,最近話題になった連ドラ「あまちゃん」で主人公のお父さん役をしていた尾美としのりさんが,公判検事役をしていて,これがまた妙にクールで「ある,ある」といった感じでした。

2 人は誰しも過ちを犯すこと

新聞などで犯罪が報道されたとき,善良な市民の反応は,「悪い奴だ。許せない。自分なら,こんなことはしない。きちんと処罰を受けて欲しい。」というものです。

実は私も,検事になった当初は,犯罪をするような人間は自分とは全く別の人種だと思っていました。確かに犯罪行為は悪いことです。しかし,私がたくさんの被疑者,被告人と会って感じることは,どれもみな自分と同じ人間だということです。欲望に負けてしまったり,怒りで自制できないこと自体は,程度の差こそあれ,誰にでもあり得ることです。

同じ人間である以上,行動にはそれなりの理由があるし,また,心から反省をすれば,やり直すこともできるはずです。一方的に悪い面だけを見て処罰するのではなく,守ってあげるべき点は守り,社会に復帰する手助けをすることが,刑事弁護の役割でもあります。

3 納得して刑に服すことで,再犯を防止できること

「盗人にも三分の理」というように,たとえ事実を認めているとしても,それでも,やはり言い分というものがあります。弁護人が手を抜いて,それを十分に主張,立証しないまま判決を受けるとどうなるでしょうか。

「弁護人がきちんとやってくれないから,自分はこんなに重い刑になってしまった。」と思ってしまい,真摯に判決を受け止めることができないのではないでしょうか。

弁護人が,誠心誠意彼の言い分を主張,立証してあげる。しかし,それでも厳しい判決が出てしまった。そういう過程を経ることで,「自分の事情を色々裁判所に伝えてもらった上で,この判決なのだ。自分のやったことは,それだけ悪かったということか。」と思って,納得して刑に服することができるのではないかと思います。

きちんと納得して処罰を受けることで再犯を防止する,これが社会にとっても,その人にとっても,一番大切です。

充実した刑事弁護をすることで,刑事裁判を単なる儀式ではなく,意義あるものにすることが大事なのです。

退職後の競業禁止について

木曜日, 10月 10th, 2013

L11497会社によっては,退職した人に対して,退職後,その会社で行っていたのと同種の仕事に就くことを禁止する規定を置いている場合があります。これを競業禁止の特約といいます。

例えば,特殊な技術を使うメーカーや,特殊な顧客を相手にする会社でその顧客に対する情報が特別の価値を有する場合(糖尿病患者へ健康食品を売っているなど)には,従業員が独立して,これらの情報を不正に利用して同種のビジネスを行ったり,ライバル企業に就職してしまうと,会社の利益が著しく損なわれる可能性があります。

しかし,他方,取り決めさえすれば,禁止できるというものではありません。例えば寿司屋で修行をしていた者について,退職後は寿司屋をしてはいけないというのは,あまりにもおかしいでしょう。これは,憲法に定める職業選択の自由(22条1項)に反するおそれがあります。

私は過去にこの退職後の競業禁止を巡る裁判を担当したことがあり,また相談もよく受けますので,この機会に,退職後の競業禁止についての裁判例での考え方をご紹介します。

退職労働者についての競業禁止の特約は,経済的弱者である労働者から生計の道を奪い,その生存をおびやかすおそれがあると同時に労働者の職業選択の自由を制限し,また競争の制限による不当な独占の発生するおそれなどを伴います。

したがって,その特約締結につき合理的事情の存在することの立証がないときは営業の自由に対する干渉とみなされ,特にその特約が単に競争者の排除,抑制を目的とする場合には公序良俗に違反するものであることが明らかであるとされています(フィセコ・ジャパン・リミテッド事件・奈良地裁昭和45年10月23日判決など)。

また,特に退職後の競業避止義務に関しては,労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)を重視し,その有効性を判断するについて特に厳しい態度でのぞんでいて,競業禁止の特約が無効と判断される例も多数あります(東京リーガルマインド事件・東京地裁平成7年10月16日決定,キヨウシステム事件・大阪地裁平成12年6月19日判決,ダイオーズサービシーズ事件・東京地裁平成14年8月30日判決,新日本科学事件・大阪地裁平成15年1月22日判決等)。

そこで,多くの裁判例では,退職後に競業避止義務を課すことの有効性の判断に当たって,

①使用者が労働者の競業を制限する目的,必要性とその程度(使用者に正当な利益があること)

②競業が制限される職種・期間・地域が限定されていること

③労働者の地位

④競業避止義務を課すことの代償措置の内容及びその程度

などの事情が考慮されなければならないとされているのです。

例えば,一定の守られるべき営業秘密があることを前提として,退職後3年間に限り,大阪府下で競業を禁止するというように地域や期間を狭くしておき,また,対象者も,管理職にあった者に限定し,退職時に代替措置として退職金を加算するなどの方法を検討しなければなりません。

退職後の競業避止禁止は,会社の利益・権利を確保するためには非常に有効ですが,一歩間違えると全部が無効になりかねませんので,専門家と相談して,慎重に定めていただく必要があるといえるでしょう。

「強み」と「弱み」を生かすこと

月曜日, 10月 7th, 2013

31TH6B87VHL経営学の泰斗であるドラッカーの「経営者の条件」の中に,「成果をあげるには,人の強みを生かさなければならない。」という有名な一節があります。

私は,実際には弁護士として色々な事件を取り扱いますし,できるだけ広い分野を経験したいという思いもあります。

しかし,私は,検事時代に刑事事件や行政事件を多数経験したことが「強み」です。ですから,やはり,これらの事件に集中することこそが,最も成果を上げる,つまり社会に貢献できるのだと理解しています。

他方,ドラッカーは,同著で「弱みからは何も生まれない。」と言っています。でも,果たしてそうでしょうか?

私は,修習生のときに,検察修習で初めて取り調べをしました。被疑者は,覚せい剤の前科が多数ある常習者で,腕に複数の注射痕もあるような人でしたが,「刑務所を出た後は,今回1回だけしか覚せい剤を使っていない。」という不自然な主張をしていました。

しかし,私は,子供のころから引っ込み思案で人とうまく話すのが苦手であり,ましてや厳しく追及することはとてもできず,その不自然な言い訳にも,ただただ一方的に聞き取るだけに終わってしまいました。

一緒に担当して供述調書作成をしてくれた友人の修習生からは,「何にも追及してへんやん。」と苦言を呈されました。

私は,「自分は検事になりたいけど,向いてないのではないか。」と真剣に悩みました。人とうまくコミュニケーションを取ることが苦手,ということが私の「弱み」だったのです。

しかし,私はどうしても刑事事件がやりたい,自分の一生の仕事にしたいと思っていたので,それからは,むさぼるように取り調べや捜査のための参考書や事例集を読んだり,多くの先輩検事に,どうすれば取り調べがうまくできるのか,アドバイスを求めたりしました。自分の「弱み」だと思うからこそ,必死で努力して,それをカヴァーしようとしたのです。

そして,修習生から検事になって,経験を繰り返すうちに,私は,「何もうまく話さなくていい。証拠をくまなく読み込んで,必要な捜査を遂げて,可能な限りのことを調べ,取り調べに臨む。そのときに,相手の態度や話し方をしっかりと観察して,聞くべき事を丁寧に聞いていけばいいんだ。」と思い至り,取り調べが苦手ではなくなりました。

私が,もしもともと社交的で人とのコミュニケーションが得意であれば,努力をしなかったでしょう。しかし,苦手と思ったからこそ,試行錯誤をし,「弱み」を「強み」に変えることができたように思います。

弁護士が行う依頼者や関係者からの聞き取りは,取り調べとは異なりますが,場合によっては話しにくいことも含めて必要な事実を丁寧に聞き出す,という点では共通しています。ですから,検事のときの経験は,今も生きています。

聖書の中の言葉に,「力は弱さの中でこそ十分に発揮できるのだ。」とあります(新共同訳「新訳聖書・コリントの信徒への手紙2・12章9節)。私には「弱み」があったからこそ,逆に力を付けることができるようになったのだと思います。

 

 

理不尽な要求への対処法

木曜日, 10月 3rd, 2013

64_1暴力団など反社会的勢力や,悪質なクレーマー,粗暴な人(関西弁でいうところの「ヤカラ」)から,理不尽な不当要求を受ける被害に遭っている人は,決して少なくありません。

そのような場合に,自分だけで対応しようとすると,大変なストレスを抱え込みますし,時には暴力を振るわれるなど身に危険が生ずることあります。こういうときは,専門家の助力が不可欠です。

実際には,そのような相手方は,依頼者のことを「弱い人」だ,「脅せば言うことを聞く。たいしたことない。」と思っているから,何度も電話してきたり,色々脅しを言ってきたりするわけです。ですから,そのような手段が全く通じないということが分かれば,一切,連絡してこなくなります。

私の経験上,弁護士が代理人として相手方に対して,不当な要求について抗議し,要求を拒絶することを明示し,やまないようであれば警察へ告訴などの法的手段も講ずる可能性があることを内容証明郵便によって通知すれば,それだけで,ぴたっと要求がやむという事例がたくさんあります。依頼者にとっては,「えっ,こんなにあっさりと?」と意外に思われる方も多いです。

特に暴力団関係者などは,不当な要求行為をビジネス,つまり金儲けの手段として行っているにすぎないので,弁護士が代理人に就任したり,裁判などの法的な手続を取られた時点で,そのビジネスは終了するばかりか,逮捕などのリスクを考えて,おとなしくなるのです。「弁護士をつけたり,警察に言ったりしたら,復讐されるのではないか。」との心配は,杞憂にすぎません。

しかしながら,稀に,弁護士から警告をしても,不当要求がやまない事案もあります。これは,親戚同士や男女関係のもつれなど,個人的な恨みが強い場合や,相手方に犯罪者的な傾向が特にに強い場合に見受けられます。

そのような場合には,警察に被害の申告をし,保護を要請するほか,裁判所に面談強要禁止の仮処分を申立てることができます。

裁判所から出される命令は,例としては,以下のとおりです。なお,債務者が不当要求をしている人で,債権者が被害を受けている人です。

1 債務者は,債権者に対し,債権者の自宅又は勤務先を訪問し,電話をかけ,ファクシミリを送信し,メールを送信し,又は手紙を出すなどの方法により,債権者と直接面談を強要してはならない。

2 債務者は,債権者に対し,債権者の自宅・勤務先及びその近隣を徘徊し,債権者の身辺につきまとったり,待ち伏せしたりしてはならない。

このような処分は,ある程度の証拠があれば,裁判所が迅速に出してくれます。

相手方からのFAX,手紙などの文書,電話の録音,こっちに来たときの様子を録画した映像などが証拠になりますので,これらを集めておく必要があります。また,このような場合,相手方の承諾なく録音をすることは決して違法ではありません。

不当要求の実態を目の当たりにしている現場の弁護士としては,このような被害を防止し,また少なくすることで,安心して暮らせる社会になることを切実に望んでいます。

なお,引用画像は,全国的に活躍している民暴弁護士による論文集です。私と一緒に今年度の大阪弁護士会民暴委員会の副委員長を務めている同期の田中一郎弁護士も寄稿しています。好著ですので,ご紹介しておきます。

 

 

司法解剖について

木曜日, 10月 3rd, 2013

180419_108522749224618_7049493_n検事在職中は,よく司法解剖に立ち会いました。詳しい件数は覚えていませんが,二桁は確実です。なお,写真は検事時代の私です。よく見ていただくくと,バッジが弁護士のそれとは異なります。

ある地方の検察庁に勤務しているとき,元旦の早朝に自宅に電話がかかってきたことがありました。

前日は大晦日ですから夜更かしをしていたので,眠い目をこすりながら電話に出ると,当直の事務官から,「あっ,中村検事ですね。おはようございます。本日午前4時ころに,〇〇駅前でけんかの事案があり,1人,死亡しました。今日のお昼から〇〇大学病院で司法解剖がありますので,お越しください。」とのことです。

さすがに,このときは,正直「元旦からきついな~。」と思っていやいや大学病院まで行きました。

しかし,到着すると,法医学教室の教授はじめ助手らメンバー4名ほど,警察本部の警察官十数名ほどが勢揃いして,当たり前かもしれませんが,誰も文句一つ言わず,黙々と解剖の準備を進めていました。解剖台の上には,当時十代後半の男性の遺体が寝かされていました。ほとんど外傷はなく,綺麗な状態でした。

私も,当初の面倒だというような気持ちは吹っ飛び,「本当であれば,お正月は家族とのんびり過ごせたであろうに,こんな所に,こんな状態で・・・。」と思うと,怒りと悲しみを押えることができませんでした。

それから,数時間にわたる解剖の結果,その少年は,顔面,頭部を強い力で固い物で殴打されたことにより,脳の血管が損傷したことによって死亡したことがわかりました。

私は,解剖に立会しながら,担当教授から詳しく傷の状態,予想される凶器などを聞き取り,捜査担当の刑事らとも捜査の方針を確認し,帰宅したときには夜になっていました。解剖に立会した検事は,そのまま事件の担当になることが多いので,このときは完全に仕事モードになって,事件の捜査のための方策をあれこれ考えていました。

数日後,被疑者らが逮捕され,2人がかりで殴打したこと,うち1名は特殊警棒で顔面を殴打し,それが死因となったことが明らかになりました。

解剖に検事が立会する意味は,客観的な証拠に直接触れて,事件の問題点を早期に把握することにあります。また,法医学の教授は往々にして多忙のため,解剖をしている横で詳しく話を聞くのが,効率的ともいえます。

検事退官後は,このように解剖に立会することはなくなりました。ただ,法医学の本を読むだけでは分からない勉強ができたこと直接証拠を見て検証することが大切であることを実感したことは,貴重な経験であり,今も生きていると思います。

 

白い巨塔と医療過誤事件

水曜日, 10月 2nd, 2013

BT000013477300100101_tl先日,作家の山﨑豊子さんが亡くなられました。

私は,「白い巨塔」の大ファンで,小説(新潮社)だけでなく,ドラマのDVDも旧シリーズ,新シリーズいずれも揃えています。

旧シリーズの財前五郎役の田宮二郎さんや,清潔感あふれる原告代理人弁護士役の児玉清さん(アタック25の司会をされていた俳優さん)は,いずれもはまり役で格好良かったですね。

さて,「白い巨塔」の大きなテーマの1つが,医療過誤裁判です。

私は,訟務検事時代に,大学病院や国立病院の医療過誤訴訟を担当していました。「白い巨塔」で描かれている大学病院の様子は,閉鎖的で,教授の権力が絶大であり,裁判に勝つためには証拠の偽造や偽証も厭わないというものです。

私が実際に経験したときは,時代が相当異なるので,さすがにそんなにひどいことはありませんでしたが。

ただ,医療過誤事件の打合せをするときに,教授,助教授(当時は准教授ではなく,この呼び名でした。),講師,助手といった方々が勢揃いしますが,教授の意見には口出ししにくいような独特の雰囲気があったことは事実です。

また,訟務検事のときには,国立病院で,脳の血管バイパス手術を見学する機会もありました。顕微鏡を用いた非常に繊細な手術で,執刀医の技術は超人的な神業に見えたものです。

医療過誤を担当すると,まずは,その分野で医学生が読むような標準的なテキストで基本的知識をつけ,関連する論文に目を通し,カルテを分析し,また,医師からも何度も話を聞いて,医学の専門的なことを理解しなければなりません。これは,相当骨が折れます。

また,論文の収集は医師にお願いすることが多いですが,医師側に有利な記述があると指摘された論文の別の部分に,裁判で不利になるような記述がなされていることもあり,きちんと全体に目を通さなければなりません。

医師は専門的知識が豊富にあるすぎるからか,文章を書いてもらっても,そのままでは裁判官に伝わりにくく,裁判の主張に使えないことも多くあります。これを,裁判所に分かるように,いわば翻訳することも,代理人の重要な仕事です。

医師による医療過誤が,時々,刑事事件となって立件されることがあります。その中で,裁判で過失の有無が争われ,時には無罪となる事例もあります。医療行為,特に手術は,もともと病気であったり,怪我をしている人の体を侵襲しますので,必ず一定のリスクが伴います。そのリスクについて,日々進歩し続ける当時の医療水準に照らして,許されるものであったかそうでなかったかを判断することは,非常に難しいことといえるでしょう。

弁護士は,医療の専門家ではありません。ただ,私の経験では,特定の事件で必要となる限られた範囲での医療の知識については,努力すれば,身につけることが可能だと思います。また,法律に照らして過失の有無を判断し,それを裁判官にどうアピールするかを選択することは,正に法律家である弁護士の得意とする作業です。

訟務検事のときに,難しい医療過誤事件を担当したことは,自分の知らない分野を勉強する方法論を身につけたという意味でも,自分にとって財産になっています。

ストーリーの発見

火曜日, 10月 1st, 2013

刑事弁護の戦略の中で,一番,重要なことを挙げよと言われたら,それは何でしょうか。

私は,「ストーリーの発見」だと思います。

「ストーリーとしての競争戦略」(楠木建著・東洋経済新報社)という本がベスト・セラーになっていますが,成功する企業の経営戦略はストーリーがしっかり組み立てられていると言います。

刑事弁護もこれと同じで,しっかりとしたストーリーが組み立てられているのかどうか,がポイントです。

これには,警察や検察といった捜査機関による捜査の組み立て方が参考になります。

まず,誰かからの被害申告をうけるなどの捜査のきっかけがあります。

それに続いて,詳しい事情聴取,現場の見分,科学鑑定,関係者の事情聴取などの捜査を進めていきますが,その課程で,「この事件のストーリーはこうではなかろうか。」という仮説を立てます。

そして,証拠と合わせて,その仮説を適宜修正し,またその仮説に基づいて,「他にこんな証拠があるはずだ。」「こういう点を聞かなければいけない。」と考えて捜査の範囲を広げ,深めていき,最終的に,事件の詳細なストーリーを見極めます。

ですから,事件が摘発されるときには,既に捜査機関側のストーリーが組み立てられてしまっています。

弁護人としては,捜査機関のストーリーや証拠を単に批判するだけでは,受け身になってしまい,押し切られてしまいます。

将棋でも,「矢倉や穴熊で玉をしっかりと固めてから攻めよう。」とか,「相手から攻められる前に,速攻しよう。」といった構想力を持って指さずに,ただ,相手の手に対応しているだけでは,あっさりと負けてしまいます(参照:「構想力」谷川浩司著・角川書店,「上達するヒント」羽生善治・浅川書房)。

弁護人も,しっかりとした構想力をもって,事件のストーリーを構築しなければなりません。また,そのストーリーは,事件そのもののストーリーだけでなく,なぜ捜査機関が誤ったストーリーを組み立ててしまったのか,その原因について分析したストーリーも必要です。

そして,ストーリーを構築する方法は,大きく2つあります。

依頼者から何度もしっかりと話を聞くこと

事件のことを最も知っているのは体験した依頼者です。捜査機関も,弁護人も,神様ではありませんから,真相を知っている訳ではありません。

謙虚にまず耳を傾けることが大事です。そうはいっても,依頼者本人が,何が重要で何が重要でないかが分からないために大事なことを言っていなかったり,あるいは自分に不利だと思いこんで,弁護人にも隠してしまうことがあります。

しかし,何が重要か,それが本当に不利なだけなのか,聞いてみて検討しないと分かりません。

依頼者から事件のストーリーを見極めるために必要な話を聞くには,時間とテクニックが重要です。

想像力を働かせること

話を聞いた上で,もしそうであれば,他にこんなこともあるはずだなどと想像力を働かせる必要があります。

時には現場に行って距離感や周辺の様子をよく調べることも大事です。

こうではなかったか,あるいはこうか,などと何度も頭の中で事件を想像します。

カナダの作家のL・M・モンゴメリも,人間にとって一番大事なことは想像力だという趣旨のことを,その作品の中で主人公に言わせています(「赤毛のアン」村岡花子訳・新潮社)。

私も同感です。

何度もシミュレーションして,捜査機関に負けない,裁判所をより説得できるストーリーを構築すること。それが,刑事弁護の戦略で最も重要なことなのです。