ストーリーの発見
- 2013年10月1日
- 刑事弁護
刑事弁護の戦略の中で,一番,重要なことを挙げよと言われたら,それは何でしょうか。
私は,「ストーリーの発見」だと思います。
「ストーリーとしての競争戦略」(楠木建著・東洋経済新報社)という本がベスト・セラーになっていますが,成功する企業の経営戦略はストーリーがしっかり組み立てられていると言います。
刑事弁護もこれと同じで,しっかりとしたストーリーが組み立てられているのかどうか,がポイントです。
これには,警察や検察といった捜査機関による捜査の組み立て方が参考になります。
まず,誰かからの被害申告をうけるなどの捜査のきっかけがあります。
それに続いて,詳しい事情聴取,現場の見分,科学鑑定,関係者の事情聴取などの捜査を進めていきますが,その課程で,「この事件のストーリーはこうではなかろうか。」という仮説を立てます。
そして,証拠と合わせて,その仮説を適宜修正し,またその仮説に基づいて,「他にこんな証拠があるはずだ。」「こういう点を聞かなければいけない。」と考えて捜査の範囲を広げ,深めていき,最終的に,事件の詳細なストーリーを見極めます。
ですから,事件が摘発されるときには,既に捜査機関側のストーリーが組み立てられてしまっています。
弁護人としては,捜査機関のストーリーや証拠を単に批判するだけでは,受け身になってしまい,押し切られてしまいます。
将棋でも,「矢倉や穴熊で玉をしっかりと固めてから攻めよう。」とか,「相手から攻められる前に,速攻しよう。」といった構想力を持って指さずに,ただ,相手の手に対応しているだけでは,あっさりと負けてしまいます(参照:「構想力」谷川浩司著・角川書店,「上達するヒント」羽生善治・浅川書房)。
弁護人も,しっかりとした構想力をもって,事件のストーリーを構築しなければなりません。また,そのストーリーは,事件そのもののストーリーだけでなく,なぜ捜査機関が誤ったストーリーを組み立ててしまったのか,その原因について分析したストーリーも必要です。
そして,ストーリーを構築する方法は,大きく2つあります。
①依頼者から何度もしっかりと話を聞くこと
事件のことを最も知っているのは体験した依頼者です。捜査機関も,弁護人も,神様ではありませんから,真相を知っている訳ではありません。
謙虚にまず耳を傾けることが大事です。そうはいっても,依頼者本人が,何が重要で何が重要でないかが分からないために大事なことを言っていなかったり,あるいは自分に不利だと思いこんで,弁護人にも隠してしまうことがあります。
しかし,何が重要か,それが本当に不利なだけなのか,聞いてみて検討しないと分かりません。
依頼者から事件のストーリーを見極めるために必要な話を聞くには,時間とテクニックが重要です。
②想像力を働かせること
話を聞いた上で,もしそうであれば,他にこんなこともあるはずだなどと想像力を働かせる必要があります。
時には現場に行って距離感や周辺の様子をよく調べることも大事です。
こうではなかったか,あるいはこうか,などと何度も頭の中で事件を想像します。
カナダの作家のL・M・モンゴメリも,人間にとって一番大事なことは想像力だという趣旨のことを,その作品の中で主人公に言わせています(「赤毛のアン」村岡花子訳・新潮社)。
私も同感です。
何度もシミュレーションして,捜査機関に負けない,裁判所をより説得できるストーリーを構築すること。それが,刑事弁護の戦略で最も重要なことなのです。