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Archive for 5月, 2014

離見の見~刑事弁護にことよせて

金曜日, 5月 30th, 2014

200708000448今年は,能楽の開祖である観阿弥生誕680年,世阿弥生誕650年とのことで,それを記念した本の出版や,薪能も行われるようです。

世阿弥が記した「風姿花伝」は,能楽師のバイブルというべき書物で,役者としての心構えが書かれています。

ただ,それにとどまらず,一つの芸を追及する姿勢について深く考察されており,現代のビジネスにも参考になりそうな記述がたくさんあります。

その中に,「離見の見」という言葉があります。

これは,自分に対して,遠くから離れたところより客観的に見る別の目を持たなくてはならないということです。

すぐれた役者は,自分の舞台での姿がどのように見えているかを常に具体的にイメージしています。

画像は,「世阿弥の再来」と言われた名能楽師の観世寿夫さんの著書です。

若くして亡くなられたので(1978年逝去。享年53歳),実際の舞台に接することはできませんでしたが,映像では,彼が能を舞っている姿を見ることができます。

その中で,「井筒」という作品のDVDを持っていますが,夫の在原業平を思ってその妻の亡霊が舞っているときの迫力は,映像を通してでも真に迫っており,非常に感動しました。

さて,最近,パソコン遠隔操作の事件で,それまでえん罪だとして無罪主張をしていた被告人が,一転,自分が真犯人であると告白したということがありました。

真実は神様と当事者にしかわかりませんので,弁護人としては,基本的には依頼者を信じて弁護活動を行うことは当然です。

ただ,視点を依頼者に近づけすぎることは危険です。

依頼者によりそって同じ目線に立ちつつも,もう一つ,別の目を持って,主張や証拠が第三者(特に裁判所)からどのように見えているのかを常に検証しながら活動する必要があります。

これが,刑事弁護における「離見の見」だと思っており,常に座右の銘としていきたいと思っています。

検察官の上告について~はずれ馬券裁判

金曜日, 5月 23rd, 2014

s_0_vc8_img-01_vc8_img-01_0_vc8_img-01本日,大阪高裁の判決に対して,検察官が,最高裁判所上告しました(引用画像は最高裁判所の建物〔裁判所HP〕)。

大阪地裁,大阪高裁の判決は,いずれも,本件の被告人の一連の馬券購入は,「営利を目的とする継続的行為」に該当し,雑所得になることから,はずれ馬券を含めた馬券の購入費全額が必要経費に該当するとして,被告人側の主張を認めたものです。

弁護人としては,所得税法の解釈としても,常識に従った判断であるという点からも,正当なものと評価しています。

判決の内容が非常に説得力があることからしても,上告審で覆る可能性は極めて低いのではないかと考えています。

それにもかかわらず,検察官が上告した理由を推測すると,以下のことが考えられます。

今回の上告については,当然,検察庁と国税庁とで協議したものと推測されます。

本件の控訴審判決を真摯に受け止めるのであれば,国税庁は,馬券の払戻金の課税について明確な制度設計をする必要があります。

そして,被告人以外の場合の,一般に継続してPAT取引を行っている競馬愛好家について,どの程度に至れば「雑所得」となるのか,具体的な線引きをする必要があります

しかしながら,国税当局は,これを自ら考えることなく,最高裁に丸投げをしました

また,実際に考え得る制度としては,PAT取引以外の購入者との公平性や,競馬の売上の約1割が国庫に納付されていることを考えると,

① 馬券の払戻金を非課税にする,

② 馬券購入時か払戻時に一定の割合の税を徴収する(ただし,国庫に納付されている分以外に重ねて納税を求めることからすれば,数%程度の低率なものとすべき。)

ことが,バランスの取れた妥当なものだと思います。

本来は,国税庁が自ら,国民の納得の得られるような合理的で公平な制度設計をすべきですが,今回の上告は,その責任を放棄し,結論を先送りしたものであって,誠に残念というほかありません。

 

「はずれ馬券裁判」の控訴審判決の解説

火曜日, 5月 20th, 2014

s_0_vc2_img-01_vc2_img-01_0_vc2_img-01本年5月9日,大阪高等裁判所で,馬券の払戻金について,はずれ馬券の購入費をを必要経費と認める判決の言い渡しがなされました。

判決の内容について,主に一審判決との違いや検察官の主張を排斥した部分を中心に,紹介,解説いたします。

 

1 雑所得と一時所得の区別

一審判決は,所得の発生の基板となる一定の源泉から繰り返し収得される所得か否かという「所得源泉性」を問題にしましたが,控訴審は,そのような「所得源泉性」は問題ではなく,端的に,行為の態様,規模その他の具体的状況に照らして,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当すれば,一時所得ではないと判断しました。

その上で,被告人は,競馬予想ソフトを用いてデータを分析し,回収率に着目して,自動購入する設定により,馬券を機械的,網羅的に大量購入することを反復継続するもので,5年間にわたり,全競馬場の全レース(新馬戦と障害レースを除く)について,1日について数百万円から数千万円を購入し,3年間の合計で28億円以上の馬券を購入し,38億円以上の払戻金を得たというもので,その購入及び履歴は記録化されており客観的にも明らかであるから,「営利を目的とする継続的行為から得た所得」に当たり,一時所得ではなく,雑所得であるとしました。

 

2 競馬の賭博性について

検察官は,競馬の本質は賭博であり,勝敗は偶然の事情であり,各競走は独立したものだから,いくら繰り返されても,継続的行為とはならないと主張しました。

それに対して,控訴審判決は,賭博であって射倖性を有することは,営利性や継続性といった要件を否定するものではないと判断しました。

 

3 一般的な馬券購入との区別について

検察官は,現在の競馬の実情として,インターネット取引が主流で,一般の競馬愛好家の多くが予想ソフトやデータを利用しているから,被告人と大差がなく,一時所得とされるべき一般の競馬愛好家の所得と質的な差異はないと主張しました。

それに対して,控訴審判決は,被告人以外の場合であっても,払戻金を得た者の馬券購入行為が,被告人と同様客観的に認められる態様や規模に照らして「営利を目的とする継続的行為」に当たれば,雑所得になると判断しました。

これは,一審の判決の判断を一歩進めたものです。

 

4 先物取引,FX取引との類似性

一審判決は,被告人の行為は,FX取引等と類似した資産運用の一種であるとして,雑所得であると認めました。

しかし,控訴審判決は,FX取引等は「資産の譲渡の対価」であって,本件との類似性を問題にならないとしました。

この点も,必ずしも「資産運用」あるいはFX取引等と類似するものといえなくとも雑所得になり得るとしたもので,一審判決を一歩進めたものと評価できます。

 

5 必要経費性について

控訴審判決は,はずれ馬券を含む馬券の購入がなければこのような払戻金を得ることができなかったのであるから,はずれ馬券の購入費も払戻金を得るために「直接要した費用」(所得税法37条1項)に当たるとしました。

一審判決は,これと異なり,「その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」に該当するとしていましたので,控訴審判決は,一審判決よりも積極的に経費性を肯定したものです。

 

6 弁護人のコメント

控訴審判決の内容は,所得税法の解釈としても,常識に合致した判断ということからも,正当なものです。

今後の課題としては,被告人以外の実際の馬券購入について,どの程度に至れば雑所得となるのか具体的な区分をどうするかという問題があり,また,窓口で馬券を購入して所得が捕捉されにくい人との不公平の問題もあります。

国税当局は,このような判決内容を真摯に受け止め,国民の理解を得るため,明確な制度設計(たとえば,馬券の払戻金を非課税にする,または低率の源泉分離課税を導入する)を行うことが望まれます。