PAGE TOP ▲

「強み」と「弱み」を生かすこと


31TH6B87VHL経営学の泰斗であるドラッカーの「経営者の条件」の中に,「成果をあげるには,人の強みを生かさなければならない。」という有名な一節があります。

私は,実際には弁護士として色々な事件を取り扱いますし,できるだけ広い分野を経験したいという思いもあります。

しかし,私は,検事時代に刑事事件や行政事件を多数経験したことが「強み」です。ですから,やはり,これらの事件に集中することこそが,最も成果を上げる,つまり社会に貢献できるのだと理解しています。

他方,ドラッカーは,同著で「弱みからは何も生まれない。」と言っています。でも,果たしてそうでしょうか?

私は,修習生のときに,検察修習で初めて取り調べをしました。被疑者は,覚せい剤の前科が多数ある常習者で,腕に複数の注射痕もあるような人でしたが,「刑務所を出た後は,今回1回だけしか覚せい剤を使っていない。」という不自然な主張をしていました。

しかし,私は,子供のころから引っ込み思案で人とうまく話すのが苦手であり,ましてや厳しく追及することはとてもできず,その不自然な言い訳にも,ただただ一方的に聞き取るだけに終わってしまいました。

一緒に担当して供述調書作成をしてくれた友人の修習生からは,「何にも追及してへんやん。」と苦言を呈されました。

私は,「自分は検事になりたいけど,向いてないのではないか。」と真剣に悩みました。人とうまくコミュニケーションを取ることが苦手,ということが私の「弱み」だったのです。

しかし,私はどうしても刑事事件がやりたい,自分の一生の仕事にしたいと思っていたので,それからは,むさぼるように取り調べや捜査のための参考書や事例集を読んだり,多くの先輩検事に,どうすれば取り調べがうまくできるのか,アドバイスを求めたりしました。自分の「弱み」だと思うからこそ,必死で努力して,それをカヴァーしようとしたのです。

そして,修習生から検事になって,経験を繰り返すうちに,私は,「何もうまく話さなくていい。証拠をくまなく読み込んで,必要な捜査を遂げて,可能な限りのことを調べ,取り調べに臨む。そのときに,相手の態度や話し方をしっかりと観察して,聞くべき事を丁寧に聞いていけばいいんだ。」と思い至り,取り調べが苦手ではなくなりました。

私が,もしもともと社交的で人とのコミュニケーションが得意であれば,努力をしなかったでしょう。しかし,苦手と思ったからこそ,試行錯誤をし,「弱み」を「強み」に変えることができたように思います。

弁護士が行う依頼者や関係者からの聞き取りは,取り調べとは異なりますが,場合によっては話しにくいことも含めて必要な事実を丁寧に聞き出す,という点では共通しています。ですから,検事のときの経験は,今も生きています。

聖書の中の言葉に,「力は弱さの中でこそ十分に発揮できるのだ。」とあります(新共同訳「新訳聖書・コリントの信徒への手紙2・12章9節)。私には「弱み」があったからこそ,逆に力を付けることができるようになったのだと思います。