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Archive for 6月, 2018

日本版「司法取引」について

金曜日, 6月 1st, 2018

企業と従業員の犯罪_書籍カバー1 日本版「司法取引」の導入

 今日6月1日から,司法取引制度が施行されました。

 これは,平成28年度の刑事訴訟法改正で,「証拠収集等 への協力及び訴追に関する合意」という章によって追加されたものです。

 この制度については,「事例に学ぶ企業と従業員の犯罪 予防・対応チェックポイント」でもコラムで解説しましたが,このブログでも簡単に紹介します。

 アメリカ合衆国では「司法取引」の制度が確立されており,広く利用されています。

 日本では,古くは昭和51年に,「ロッキード事件」で,似たようなことがありました。

 これは,田中角栄元総理に対する贈収賄に関連し,その鍵を握るロッキード社のカール・コーチャン副社長の証言について,検事総長が将来にわたり起訴しないことを宣明し,最高裁判所もその宣明を保証する趣旨の宣明を行なったというものです。

 これは司法取引の一種の「刑事免責」に当たります。

 しかし,最高裁判所は,コーチャン副社長の嘱託尋問調書について,我が国の刑事訴訟法は刑事免責の制度を採用していないとして,証拠採用を認めませんでした(最判平成7・2・22)。

 今回の司法取引の制度は,取調べの可視化を拡大する一方で,取調べを通じた供述の確保を図るため,新たに導入されたものです。

2 司法取引の対象

 

  まず,司法取引の対象となる犯罪は,一定の犯罪に限られており,これを「特定犯罪」といいます。具体的には,以下のとおりです。

  ①競売妨害(刑法96条~96条の6)

  ②文書偽造等(刑法155条,155条の例により処断すべき罪,157条,158条,159条~163条の5)

  ③贈収賄(刑法197条から197条の4,198条)

  ④詐欺・恐喝(刑法246条~250条,252条~254条)

  ⑤組織的競売妨害等,組織的詐欺・恐喝(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律〔以下「組織的犯罪処罰法という。」〕3条1項1号~4号,13,14号,4条(3条1項13号及び14号に係る部分に限る)

  ⑥マネーロンダリング(組織的犯罪処罰法10条,11条)

  ⑦財政経済関係犯罪(租税法,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律,金融商品取引法,その他財政経済関係犯罪として政令で定めるもの)

  ⑧薬物・武器関係犯罪(爆発物取締罰則,大麻取締法,覚せい剤取締法,麻薬及び向精神薬取締法,武器等製造法,あへん法,銃砲刀剣類所持等取締法,国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例に関する法律違反)

  ⑨特定犯罪についての証拠隠滅等(刑法103条,104じょう,105条の2,組織的犯罪処罰法7条1項1号空3号に掲げる者に係る同条の罪〔いずれも,前記各号に掲げる罪を本犯の罪とするものに限る〕)

 

3 司法取引の内容

 司法取引をしようとする場合に,「他人の刑事事件」について,以下の行為を被疑者又は被告人の方で行ないます。

  ①検察官,検察事務官又は司法警察職員の取調べに対して真実の供述をすること

 ②証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること

 ③検察官,検察事務官又は司法警察職員による証拠の収集二関し,証拠の提出その他の必要な協力をすること

 これに対して,検察官が行なう行為は,以下のとおりです。

 ①公訴を提起しないこと

 ②公訴を取り消すこと

 ③特定の訴因及び罰条により公訴を提起し,又はこれを維持すること

 ④特定の訴因若しくは罰条の追加若しくは撤回又は特定の訴因若しくは罰条への変更を請求すること  

 ⑤刑事訴訟法293条1項の規定による意見の陳述(論告求刑)において,被告人に特定の刑を科すべき旨の意見を陳述すること    

 ⑥即決裁判手続の申立てをすること

 ⑦略式命令の請求をすること

 要するに,司法取引の内容は,他人の特定犯罪についての情報を提供する見返りに,自らを不起訴にしてもらったり,刑を軽くしてもらうというものです。

 この司法取引を行なうためには,必ず弁護人の同意が必要です。

 また,検察官と,被疑者又は被告人,弁護人が連署した合意書面を作成する必要があります。

 具体例としては,会社の経理担当者が贈賄に関与している場合に,代表者の関与を積極的に供述する代わりに,自らを不起訴にしてもらうという場合が考えられます。

 

3 日本版司法取引が実務に与える影響

  企業内で不正が発覚した場合,たとえば,公務員に対して贈賄が行なわれたというようなケースが内部調査で発覚したとしましょう。

 その場合,まだ捜査機関がそのことを知らないのであれば,その事実を捜査機関に供述する代わりに,贈賄側の担当者を不起訴,あるいは略式裁判にしてもらうよう検察官に持ちかけることができます。

 ただ,司法取引を持ちかけても,事件の重大性や情状等の事情により,検察官が必ず応じるとは限りません。

 しかし,贈収賄など重大犯罪については,司法取引が成立する可能性は高いでしょう。

 ですから,企業内部で不祥事が発覚した場合には,司法取引の利用の要否を判断する必要があります。

 内部調査を迅速に行なうことの重要性はこれまで以上に高まるといえるでしょう。