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Archive for 9月, 2015

恩師(尾崎光宏先生)の思い出

水曜日, 9月 16th, 2015

t_ozaki02私は,関西大学第一高校という学校を卒業しています。

実は私が今こうして弁護士をしているのは,高校時代の担任であった尾崎光宏先生との出会いがあったからだと思っています。  

尾崎先生は,関大一高野球部の監督を長年勤められ,同野球部を甲子園に導き,平成10年にベスト8に進出させるなどした有名な監督です。

私は,野球部ではなく,陸上部に所属していましたが,尾崎先生は担任というだけでなく,生徒指導主任でもあったので,大変厳格で怖い印象でした。

今はもう時効だと思うので告白しますが,私は,高校時代,競馬が大好きで毎週のように淀や阪神の競馬場に通っていました。

休み時間には,友だちと一緒に,教室の後ろの黒板に「カンスポ(神崎川スポーツ)」と題して,競馬の予想を載せたりしていました。

ある日のホームルームの後,尾崎先生から,「おいっ,中村とM(友人),お前らあとで生徒指導室に来い。」と呼び出しを受けました。

私は,「競馬は,さすがにちょっとやりすぎやったな。きっと,すごく叱られるわ,ひょっとしたらどつかれるかもしれへん(T-T)」と思って,M君と一緒におそるおそる指導室まで行きました。

尾崎先生は,(いつものような)怖い表情で部屋に入って来るなり,私とM君を見て,「おい。・・・来週のダービーは何がくるんや。」と言われました。

尾崎先生は,実は競馬の大ファンだったのです。 懐の深い先生で,私は尾崎先生のことが,いっぺんに大好きになりました。

それからは,毎週のように,金曜日には,尾崎先生,私,M君とで生徒指導室にこもり,競馬の予想を立てていました。

ある日,先生が,的中した万馬券を嬉しそうに私に見せてくれたこともありました。

実は私は,当時,学校のことが嫌いでした。友だちも少なく,授業も先生も嫌いで,競馬くらいしか楽しみがなかったのです。

このとき,もし,「高校生が競馬なんかするな。」とまともに叱られたとしたら,そのまま学校に行かなくなっていたかもしれません。

  高校2年生の進路指導のとき,私は何の将来の目標もなく,ただ競馬以外は本を読むくらいしか好きなことがなかったので,「文学部に行きたいです。」と言いました。

すると,尾崎先生は,ただ「中村,お前は文学部には向いてへん。法学部にせえ。」と言われました。

理由はわかりません。単に就職に有利,ということだったのかもしれません。

他の先生に言われていたのなら,ひねくれ者の私は言うことを聞かなかったでしょうが,このときは,「尾崎先生が言うんなら。」と思って,勉強をがんばって,法学部に進学することにしたのです。

尾崎先生との縁がきかっけで,その後,関西大学法学部に入学して,司法試験を目指し,検事,そして弁護士になりました。

また,競馬と税金に関する裁判も担当することになって,人間の縁の不思議さに驚いています。  

尾崎先生は,残念ながら,平成19年3月に67歳で逝去されました。

でも,今でも私は,あの普段は厳格な尾崎先生が,手に万馬券を持っていたときの満面の笑顔を忘れることはできませんし,きっとこれからも忘れることはないと思います。

  ※画像は,関西大学第一高等学校野球部OB会のホームページより,引用させていただきました。http://www.ichikouyakyubu.com/club-y.html