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組織とコンプライアンス


会見私(中村和洋)はプレサンス元社長の冤罪事件について国賠訴訟を担当しています。

刑事事件の際に取調べの録音録画を検証したことで、関係者に対して机を叩いたり、長時間怒鳴りつけるなど、特捜部検事が違法な取り調べをしたことがわかりました。

このような強引な取調べがどうして行われたのか。

そこには、検察庁における組織としての風通しの悪さ(上司の意向に逆らえない)と、検事個人のコンプライアンス意識の欠如という問題があったのではないかと感じています。

さて、今年は、中古車販売大手の株式会社ビッグモーターにおける不祥事のほか、日本大学のアメフト部の大麻事件の際の大学の対応や、宝塚歌劇団の劇団員が亡くなった後の組織対応が、注目を集めました。

今、組織におけるコンプライアンスが、大きく問われています。

コンプライアンスとは法令遵守のことをいいますが、単に法律を守ればいいというのではなく、企業倫理に従った行動を取らなければならないというものです。

これは現代の企業を中心とするあらゆる組織で、当然守るべき指針です。

コンプライアンスに違反する行為が公になると、大きく報道され、ネットニュースのコメント欄で激しくたたかれるなどの炎上が生じます。

そして、その記事やコメントが長い間残り続ける(デジタル・タトゥー)という回復しがたい問題も生じます。

また最近では、飲食店でのいたずら行為や、賭け麻雀といった、以前では大きな不祥事とまではいえなかったことまで注目して取り上げられるようになりました。

時代は大きく変わっています。

コンプライアンス違反が生じる原因は大きくは2つあります。

一つは、法律の無知。

もう一つは、社内監視体制が不十分であること。

例えば、オリンピック組織委員会の元理事にコンサルタント料を支払っていたことが贈収賄に当たるとして、東京地検特捜部に起訴されたケースがあります。

関係者の中には、オリンピック組織委員会の幹部がみなし公務員に当たることや、コンサル料名目でも賄賂に当たり得ることについて、十分な認識がなかったのではないか。

つまり、法律の知識が欠けていた人がいたであろうことが窺われます。

しかし、「法律の無知は許さず」という法格言があるとおり、法律の知識がないことは免責事由にはなりません。

次に、社内監視体制が十分でないというのは、風通しが悪いという企業文化を理由とすることがあります。

そのほか、内部通報制度がそもそも備わっていないという制度上の問題もあります。

実際にコンプライアンス違反が発覚した場合には、適切な対処が必要です。

マスコミに報道される、あるいは行政当局や捜査当局からいきなり調査・捜査を受けることがありますが、その場合、社内が混乱して、対応を誤ってしまうことがあります。

まず、行政当局の調査や捜査当局の捜査に対しては、誠実に協力をする必要があります。

万が一にでも、客観的な証拠を隠滅したり、関係者が口裏合わせをしていると疑われるようなことがあってはなりません。

社内で聞き取り調査をすることは、当然のことです。

ただ、弁護士が適正な方法で調査を担当するなどして、口裏合わせをしているとの誤解を防ぐ必要があります。

そのほか、社内調査における留意点は、以下のとおりです。

メンバーの選定に当たっては、まずリーダーは経営陣かそれに近い人、つまりリーダーシップを発揮できる権限のある人である必要があります。

内部調査の段階から、公正さと透明性を高めるため、弁護士を選任するということも有益です。

その上で、関係書類、メール等の客観的証拠を集めて、内容を十分に検討し、関係者から事情聴取を行います。

いずれにせよ、早期の対応が必要です。

また、社内調査とは異なり、第三者的立場の弁護士を中心とした外部調査を行うこともあります。

この場合は、委員長について適した人材を配置(当該組織とは利害関係がなく、また、十分な知見を有する専門家)し、複数の法律事務所の弁護士がメンバーに入ることで、組織に忖度しない調査が行えるようにする必要があります。

宝塚の外部調査については、それが十分でなかったのではないかとの批判がなされています。

検察庁特捜部の上記不祥事については、残念ながら、外部調査どころか、組織内部での事実調査はなされておらず、再発防止策も講じられていません。

山岸さんが国家賠償請求訴訟を起こしたのは、そのような検察の姿勢のままでは冤罪被害がが続いてしまうと考えたからです。

いかに伝統があったり、また成長している組織でも、ひとたびコンプライアンスの重大な違反が生ずれば、組織の存続に関わる重大な事態となります。

万が一にでもそのようなことにならないように、常日頃から、コンプライアンスに関する内部研修等を行う必要があるでしょう。

※写真は、プレサンス元社長冤罪事件の被害者である山岸忍さんとの会見の様子です(朝日新聞デジタル2023年11月7日の記事より引用)。

物権法の改正について(1)


 

所有者不明土地1 はじめに

令和3年に、所有者不明土地の解消に向けた民法等の一部が改正され、相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律が制定されています。

 今回の記事では、民法の物権法の改正のうち、「共有物の利用促進に関する改正」について取り上げます。

この改正法については、令和5年4月1日から施行されています。

2 共有物の変更・管理

(1)旧民法及び改正民法の内容

 旧民法では、各共有者は他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができないと定められていました。

 他方で、共有物の管理行為は持分価格の過半数の同意により可能であるとし、保存行為は他の共有者の同意は不要であるとしていました。

 しかし、「変更」と「管理」の区別は解釈上曖昧です。

 そこで改正民法は、共有者間の利害を調整しながら、共有物の有効な管理を実現するため、次のように規定を整理しました。

①共有物の保存行為は他の共有者の同意が不要(改正民法252条5項)。

②共有物の管理行為のほか、形状及び効用の著しい変更を伴わない変更(軽微な変更)については、持分価格の過半数の同意により可能(改正民法251条1項、252条1項)。

③軽微な変更を除く共有物の変更については、共有者全員の同意が必要(改正民法251条1項)。

 「形状の変更」とはその外観、構造等を変更することをいい、「効用の変更」とはその機能や用途を変更することをいうとされています。

 例えば、砂利道のアスファルト舗装や、建物の外壁・屋上防水等の大規模修繕工事は、基本的に共有物の形状又は効用の著しい変更を伴わないものに当たるので、共有持分価格の過半数の同意により可能です。

(2)過半数の同意と「特別の影響」

 共有物の管理や軽微な変更であっても、共有物を使用する共有者に「特別の影響」を及ぼすべきときは、その承諾を得なければなりません(改正民法252条1項)。

「特別の影響」を及ぼすとは、

①共有物の利用方法を変更する必要性及び合理性と

②その変更によって共有物を使用する共有者に生ずる不利益とを比較して

③共有物を使用する共有者が受忍すべき程度を超える不利益を受けると認められる場合

をいいます。

 具体的には、

①共有物の「使用者の変更」

②使用期間の短縮等「使用条件の変更」

③建物の使用目的を店舗から住居に変更するなどの「使用目的の変更」

が、特別の影響を及ぼすときに該当します。

3 所在等が不明な共有者がいる場合

(1)所在等が不明な共有者がいる場合の取り扱い

 改正民法251条2項は、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、裁判所は、共有者の請求により、当該他の共有者以外の他の共有者の同意を得て共有物に変更を加えることができる旨の裁判ができると定めています。

 旧民法ではこれに該当する規定はなく、不在者財産管理制度(民法25条以下)を利用するほかありませんでした。

 しかし、例えば相続等が繰り返されて、そもそも共有者が誰かわからない場合や、共有者の協力が得られない場合など、同制度では対応しにくい場合がありました。

 改正民法は、共有者の請求により、

①共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときのほか

②共有者が他の共有者に対して相当の期間を定めて共有物の管理に関する事項を決することについて賛否を明らかにすべき旨を催告した場合

において、当該他の共有者がその期間内に賛否を明らかにしないときは、当該他の共有者以外の共有者の持分価格の過半数により、共有物の管理に関する事項を決することができる旨の裁判をすることができるとしました(改正民法252条2項)。

(2)所在不明の調査について

 改正民法251条2項、252条2項1号にいう、「共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」とは、必要な調査を尽くしても、共有者の氏名・名称又はその所在を知ることができないことをいいます。

 その調査方法としては、少なくとも、登記簿上又は住民票上の住所において、当該共有者が所在又は居住していないことを調査する必要があるとされています。

 具体的には、民事訴訟において公示送達(民事訴訟法110条)が認められる場合と同様の調査、すなわち、当該共有者宛に郵便物を送付してもそれが配達されずに返送されることを確認した上で、当該住所に直接赴いて表札を確認したり呼び鈴を押したり、また、可能な範囲で近隣の者に事情を聞くなどして当該共有者の居住の事実の有無を確認する必要があると考えます(私見)。

(3)共有物の変更・管理に関する非訟手続

 共有物の変更・管理が円滑に実施することができるようにするため、上記のとおり改正民法は、共有者の請求によって共有物の変更・管理に関する裁判ができることを定めましたが、これに伴い、新しい非訟手続が創設されました(改正非訟事件手続法85条等)。

 同手続における申立人は共有物の共有者であり、管轄は、共有物の所在地を管轄する地方裁判所です(改正非訟事件手続法85条1項)。

 そして、裁判所は、申し立てられた裁判の内容、当該所在不明等の共有者において異議がある場合には一定期間(1か月以上の期間)内に届け出ること、届出がない場合には申立てに基づく裁判がなされることを公告します(改正非訟事件手続法85条2項)。

 その上で期間内に異議の届出がないときは、裁判所は、共有物の変更・管理に係る決定を行います(改正非訟事件手続法85条2項3号、3項3号)。

 なお、決定については、所在不明等の共有者に告知することは必要とされず、申立人や所在不明等の共有者を含む他の共有者は、申立人が決定の告知を受けた日から2週間内に即時抗告をすることができます(改正非訟事件手続法85条6項、非訟事件手続法66条1項、2項、67条3項)。

このほか、短期賃借権等の設定、共有物の管理者についても改正がなされていますが、これらの点については、別の記事にてご紹介いたします。

 

※参考文献:月刊税理2022年4月臨時増刊号「所有者不明土地解消の法務と税務」

                      

取締役の横領と法律・税務上の問題点


money_ouryou1 はじめに

企業の役員や従業員による横領行為について、相談を受けるケースは多々あります。

「まさか,彼(彼女)がこんなことをするなんて夢にも思わなかった!!」

信頼していた人に裏切られる事例には,これまで何度も見てきました。

横領事案の発生を防ぐためには,どうすればいいでしょうか。

 

同じ人に長期間同一の職務に従事させないようにする

権限の集中を避ける

経理の二重チェックを励行する

研修などを通じて,個々人のコンプライアンス意識を高める

ことが考えられます。

ただ、特に取締役のように高い地位にある者が横領行為を行った場合には、被害が大きくなります。

その場合の法律上・税務上の問題について解説します。

 

 

1.法律上の留意点

(1)刑事告訴

会社のお金を横領する行為は、業務上横領罪となります(10年以下の懲役。刑法253条)。

そのため、横領が発生した場合には、少額の被害であるとか、すぐに被害弁償がなされた場合を除いて、刑事告訴を検討すべきです。

しかし、会社内部の問題であると捉えられたり、警察が繁忙であるといった理由から、すぐに捜査をしてくれない場合があります。

そこで、速やかな捜査処理が行われるように、まずは社内で十分な調査を遂げて証拠を揃え、その上で告訴をする必要があります。

(2)損害賠償請求

取締役の横領行為は善管注意義務に反するものとして、不法行為債務不履行に当たり、会社に対して損害賠償義務を負います(民法415条,709条)。

しかし、横領を行う動機として、借金返済の必要があったり、ギャンブルに費消するということが多く、損害賠償請求をしても回収が困難な事例があります。

また返済をしてもらうとしても、分割払いの合意となることがあります。

その場合には,強制執行が可能となるように、公証役場で公正証書を作成する必要があります。

公正証書の内容は、返済総額、返済期間、分割の金額、遅滞があった場合の期限の利益の喪失、強制執行受諾文言などを定めましょう。

可能であれば、連帯保証人や不動産などに対する担保権を設定します。

2.税務上の問題点

(1)損金算入時期と収益計上時期

取締役が横領したことにより、会社には損失が生じます。

他方で取締役に対する損害賠償請求権(利益)も発生します。

この損失と利益について、会社の経理上、それぞれをいつの時点で計上すべきでしょうか。

昭和43年10月17日の最高裁判例では、損失と利益を同時に計上するという考えが取られています。

しかし、その後の裁判例では判断がわかれています。

現在では、相手方の資力等を考慮して,損害賠償請求権の実現性が客観的に疑わしい場合には,損失の発生のみを計上すればよいという考え方が有力です。

ですから、横領行為が発覚した時点で取締役に対する損害賠償請求権が発生するとしても、その取締役に資力がない場合は、横領された被害額を損金として計上します。

損害賠償金については、後に実際に返還された時や返還の具体的な約束がなされた時に益金として計上すれば足りると考えられます。

(2)横領金と役員給与の関係

近時の裁判例や課税実務においては、会社の実質的支配権を有している代表者が横領を行った場合に、それが役員給与に該当するという考えが趨勢となっています。

役員給与は、あらかじめ定額を決めている場合等に該当しない限り、法人の損金に該当しません

ですから、会社の代表取締役や支配的株主である取締役が横領した場合には、役員給与と認定され損金算入が許されず、法人税の減額にはつながりません。

しかも、給与ということで会社に所得税の源泉徴収義務まで課されるという、踏んだり蹴ったりの状態になってしまいます。

また、課税実務では、代表者以外でも副社長や専務といった肩書があったり,経理担当取締役など一定の権限がある場合についても役員給与と認定される事例があります。

しかし、これについては批判の大きいところです。

もしそのような指摘が税務署からなされた場合には、実際の取締役の権限等に照らし、会社が給与として支払ったものと同視することはできないことを主張・立証する必要があります。

(3)重加算税の問題

取締役が横領を行う際、その発覚を免れるために、売上を除外したり、架空経費を計上するなどの不正を行っている場合があります。

その場合には、会社内部の者による不正であり、隠蔽又は仮装による脱税行為として、会社に対して法人税に加えて重加算税という特別の制裁が課されることがあります。

しかし、横領されたお金は会社のものになっているのではなく、不正を行った個人の所得となっているので、会社が税を免れるために行った隠蔽又は仮装ではないという反論も可能です。

例えば会社として不正が容易に行われないように内部統制の措置を講じていたが、それを巧妙にかいくぐって横領がなされた場合には、会社の行為と同視できないという主張を行って、重加算税の賦課を免れるべく争う必要があります。

(4)まとめ

取締役の横領が行われた場合には、損失や益金の計上時期、役員給与となるか否か、源泉徴収義務や重加算税の有無等、税務上多くの問題点が生じます。

取締役に限らず、従業員による横領を防ぐための具体的な防止策は大変重要です。

万が一横領が発生した場合には、横領を行った者の具体的な地位・権限・資力等について、調査・確認し、証拠にも残すなどして、税務当局に十分に説明できるだけの準備が必要です。

持続化給付金詐欺について執行猶予とされた事例


中村和洋です。

合計4500万円の持続化給付金の不正受給に関与したとして詐欺罪で起訴された事案について、今年1月31日、大阪地方裁判所は、懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

この事件については、私が弁護人を担当していました。

判決は、起訴された事案45件のうち43件について自首が成立していること、多くは被害弁償がなされていることなどを理由として、執行猶予判決としたものです。

同種事案と比較しても被害総額が大きいにもかかわらず、執行猶予を言い渡した点で貴重な裁判例といえるでしょう。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/948/090948_hanrei.pdf

 

ジャズについて


ラーシュ・ヤンソン 中村和洋です。

 私が高校生の頃,「バード」という,クリント・イーストウッド監督によるジャズサックス奏者のチャーリー・パーカーを描いた映画がありました。

 その映画をみたことがきっかけで,私は一気にジャズ・ファンになりました。

 特にチャーリー・パーカー(アルト・サックス)と,ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)が 大のお気に入りでした。

 超絶技巧というべき激しさと,その奥に感じられる深い哀愁に夢中になった思い出があります。

 コロナ禍になってから,久しぶりにジャズをじっくりと聴きましたが,若い頃とは好みが変わり,より落ち着いたクールな音楽を求めるようになりました。

 その中で出会ったのが,スウェーデンのジャズ・ピアニスト,ラーシュ・ヤンソンです。

 ヤンソンの奏でる曲は,いかにも北欧といった静かで優しいもので,一瞬,カフェでよく流れているような,ありふれたものにも感じられます。

 しかしよく聴いてみると,何度聴いても飽きのこない,独特の深い味わいが感じられ,すっかりハマってしまいました。

 正に静かな感動を与える癒しのジャズで,特にカバー写真(絵は孫娘のヒルダさんによるもの)を引用した「モア・ヒューマン」というアルバムがお勧めです(レーベル:Savvy/Spice of Life)。

 

 また,「BLUE GIANT」という漫画も紹介します(石塚真一・小学館。末尾に引用の画像は単行本1巻の表紙)。

 これは,ジャズサックス奏者を目指す少年の成長物語ですが,その迫力のある表現で,実際に音楽が聞こえるような錯覚を覚えます。

 現在も,プロになってからの海外での活躍を描いた続編が,「ビッグコミック」で連載中です。

 とにかくカッコいい作品ですので,お勧めです。

bluegiant

 

 

明浄学院事件における山岸忍さんの無罪判決の確定について


大阪地検次席検事の発表により,山岸忍さんに対して大阪地方裁判所が言い渡した無罪判決に対して,検察官は控訴を断念したことが明らかになりました。

この件について,山岸さんと弁護人の公式のコメントは以下のとおりです。

・山岸忍さん

 検察庁にようやく真相を理解してもらえたことに,今はただ,ほっとしています。 

・中村和洋(主任弁護人)

  本件は客観的証拠に反し,関係者の取調内容についても大きな問題があったので,検察官が控訴を断念することは当然のことと受け止めている。検察官には,山岸さんに対して,きちんと謝罪していただきたい。

プレサンスコーポレーション元社長に対する無罪判決のご報告


裁判(朝日新聞デジタル)本年10月28日,大阪地方裁判所は,業務上横領罪で起訴されていたプレサンスコーポレーション元社長の山岸忍さんに対して,無罪の判決を言い渡しました(※写真は,朝日新聞デジタルの記事より引用)

中村は同事件の主任弁護人であり,渡邉弁護士も弁護団の一員として活動しました。

この事件は,学校法人明浄学院の運営する高校敷地の売却代金21億円を,同学校法人の理事長であったO氏らが横領したというものです。

検察官は,山岸さんの部下であったK氏の供述に基づき,K氏が山岸さんに対して「O氏個人に学校法人の買収資金を貸し付けて欲しい。そうすればO氏らが理事となって,プレサンス社に学校の敷地を売却できる。貸したお金は,学校の土地売却代金から返済される。」と説明したと主張し,これにより,横領の共謀があるとして山岸さんを起訴しました。

しかし,本件に関する客観的証拠を検討すると,山岸さんがお金を貸し付けた当時は,O氏個人ではなく,学校法人がお金を借り入れるという内容の文書やメールが多数存在していました。

つまり,その時点で関係者は,O氏個人ではなく学校法人が債務を負担するという計画の下で動いており,K氏の供述は,これら客観的証拠に完全に矛盾するものでした。

さらに,K氏に対する検察官の取調べの録音録画の内容からは,検察官がK氏に対して,「山岸さんにO氏個人に貸し付けることを言っていないなら,あなたは,プレサンス社の評判をおとしめた大罪人だ。会社から10億,20億ではすまされないほどの多額の損害賠償請求をされるが,それを背負う覚悟はあるのか。」などと言い,山岸さんの関与を認める供述を強要していたことが明らかになりました。

また,K氏以外にも,不動産会社のY氏の供述調書でも,O氏個人への貸付けであることを山岸さんに説明したとの内容が記載されていました。

しかし,Y氏は,公判での証言でその事実を撤回し,検察官から,「山岸さんの関与を認めないと,自分の責任が重くなる,部下も逮捕されるということをほのめかされて,事実とは違う内容の供述調書に署名してしまった。」と証言しました。

そして,このことはY氏に対する取調べの録音録画でも裏付けられました。

裁判所は,このような客観的証拠と,重要証人に対する検察官の問題のある取調べ経過を理由として,山岸さんが共謀に関わった事実は存在しないとして,無罪判決を言い渡したのです。

裁判所は,特にK氏の供述については,勘違いなどするはずのない客観的証拠に明らかに矛盾するもので,故意に嘘をついた可能性が高いとまで判断しており,本件では,山岸さんが完全に潔白であることが明らかにされたものと評価できます。

本件の関係証拠は極めて多数にのぼり,取調べの録音録画も長時間にわたるため,弁護団がその内容を吟味して,裁判所に提出するのには大変な苦労がともないました。

しかし,その結果明らかになったことは,大阪地検特捜部が,客観的証拠を無視して,関係者の供述を捻じ曲げ,冤罪を作り出してしまったということです。

弁護人としては当然の無罪判決と考えており,山岸さんやそのご家族をこれ以上苦しめないためにも,検察庁は過ちを素直に認めて,控訴を断念すべきです。

脱税事件の査察調査


money_zeikin1 査察調査と普通の税務調査の違い

 脱税とは,「偽りその他不正の行為」によって税を免れる行為です。

 脱税は犯罪であり,懲役刑や罰金刑が科されます.

例えば、所得税法違反の場合、10年以下の懲役,1000万円以下の罰金となります。

ただし,ほ脱税額が1000万円を超える場合には罰金額の上限はほ脱した所得税に相当する金額以下です。

 「偽りその他不正の行為」とは,帳簿への虚偽記入や二重帳簿の作成等が典型例ですが,最高裁の判例では,虚偽の過少申告を行うこと自体も,不正の行為に当たるとされています。

 脱税の手口を大きく分けると,①売上を除外する方法と,②架空経費を計上する方法があり,両方を組み合わせる場合もあります。

  そして,脱税の嫌疑がある場合に調査を行う手続を租税犯則調査といい,各国税局の査察部所属の査察官によって行われ,「査察調査」とも呼ばれます。

 一般の税務調査は,あくまで任意の調査です(ただし,調査に対して拒否をした場合には罰則があるため,間接的な強制力は存在します。)。

 これに対して,査察調査は,任意の調査のほかに,強制調査が認められています。

 例えば査察官は,裁判所の令状を得て,強制的に犯則嫌疑者の事務所や住所など関係箇所に立ち入ったり(臨検),書類や所持品を捜索・差押することができるのです。

2 査察調査のその後の手続きの流れ

(1)検察庁への告発

 査察調査の結果,脱税の嫌疑が認められた場合には,検察庁に対して告発がなされます。

 令和元年度の統計によれば,査察調査を行った中で告発にまで至った率は,81%です

 約2割の事件が告発に至っていませんが,これは査察調査の結果、証拠が不十分であったか,脱税金額が大きくなく,告発基準に満たなかったことによると思われます。

 告発の基準は公にされていませんが,実務の運用として,法人税や所得税については,一般的には1億円以上の所得を脱税したことが,告発の条件とされているようです。

 ただ,脱税した所得金額が1億円に満たないものであっても,告発に至る場合があります。

 例えばほ脱率(実際の税額に占める脱税額の割合)が高い,つまり,実際の儲けに比較して,ほとんど税金を納めていないようなケースです。

 ほかには,架空外注費を計上したり,税理士などが脱税指南役を務めるなど手段が悪質な場合には,告発に至っている場合もあります。

 逆に脱税額が高額でも,たくさん税金を納めていて,ほ脱率が低いケースは告発に至りません。

 大企業が「数億円課税逃れ」という報道を見ることがありますが,刑事告発になっていないのは,会社の規模が大きいので,もっと多くの税金を納めているからです。

 検察官が告発を受けた場合は,ほぼ100%が起訴されます。

 告発の前には,検察官と国税局との間で会議(告発要否勘案協議会)が設けられ、そこで告発を受理することが認められた事件だけが,実際に告発に至っているという実情があるからです。

 なお、告発の対象は3年間に限定されていることが多いです。

 一般に課税処分については5年前まで,偽りその他不正の行為によって税を免れるなどした場合には7年前まで,さかのぼって課税処分がなされます。

 しかし,刑事裁判の立証は,厳格な証拠による必要があるため,通常の税務調査以上の詳細な調査と証拠の作成が必要となり,刑事罰が科されるのは,原則として3年間に限定されているのです。

 ただ,その場合でも課税は5~7年にさかのぼってされることになります。

(2)脱税事件の量刑

 告発後、検察官が起訴することにより、刑事裁判となります。

 判決の量刑については,脱税額が合計3億円を超える場合には,全額納税していたとしても懲役刑の実刑判決となる場合が多いといわれています。

 また懲役刑以外にも罰金刑が科されますが、罰金額は概ねほ脱税額の20%から40%程度ですが,経験上は,30%程度のことが多いです。

3 査察調査の注意点

(1)事情聴取について

 査察調査は,一般の税務調査と違って,当事者には事前の連絡がなく,突然,裁判所の令状に基づいて,多数の査察官がいきなり関係箇所に対して,捜索・差押えのために訪れます。

 そして,経営者や従業員,また税理士ら関係者が査察官から事情を聴かれ,質問顛末書という書類が作成されて,その書類への署名・押印が求められます。

 質問顛末書には署名・押印しなければならない義務があるわけではありません。

 しかし,調査を受けた当初,関係者が動揺している場合が多く、署名・押印する義務があるものと思い込んでしまうケースがあります。

 また,話した内容と異なった記載がなされているうのに,十分に確認しないまま署名・押印することもあります。

 質問顛末書の内容は,検察庁へ告発するかどうかの判断資料となります。

 また,刑事裁判でも証拠となり得る重要な書類です。

 よく内容を確認し,もし違ったことが書かれていれば訂正を求め,訂正してもらえない限りは,署名・押印すべきではありません。

(2)税額と専門家への相談について

 告発に至るか否かや,起訴後の量刑については,脱税額が大きく影響します。

 脱税自体には争いがなくとも,事実の有無や,法律的な見解の相違によって,課税側と納税者との間で,本来の税額に争いが生じることもあります。

 納税者としては,自らの主張を具体的な証拠や根拠に基づいて説得的に述べる必要がある場面も考えられます。

 ですから,査察調査を受けた人は,直ちに専門的な弁護士や税理士から適切なアドバイスを受けてください。

(3)報道発表について

 告発がなされると,国税局からは例外なく,ほ脱を行った法人や個人の実名を含めて報道発表がなされるます。

 そのことを予め想定した上で,金融機関や取引先への説明などを行っておく必要もあるでしょう。

(4)刑事裁判での活動

 起訴された場合には,実刑判決や多額の罰金刑を回避する活動が必要です。

 具体的には,

 ①加算税や延滞税、また地方税も含めた納税義務を果たすこと

 ②二重チェックの徹底等経理体制を改善して透明性を高め,新たな税理士と契約するなど外部  の監督が十分に及ぶ制度を構築するなどコンプライアン体制を整えたことを十分に立証することが必要です。 

(文責:中村和洋)

 

企業法務で知っておくべき税務上の問題点100


税務上の問題点100このたび,清文社から,「企業法務で知っておくべき税務上の問題点100」を上梓しました。

この本は,企業法務に特化して,弁護士がクライアントから相談を受けた際,問題となるべき税務問題,論点をピックアップし,その対処法についてまとめたものです。

一見,税務とかけ離れた案件であっても,隠れた税務問題が潜んでおり,それが落とし穴となって最終解決が困難となり,あるいは新たな紛争の火種となることもあります。

そこで,Q&A形式で,企業法務に関連する留意点・対応策を法務面,税務面から,わかりやすく解説することにしました。

事業承継,M&A,組織再編,海外取引,海外子会社管理,外国陣労働者に関する問題,取引先・役員等に対する債権,役員報酬,グループ会社間での取引,企業不祥事,破産・倒産などのテーマを取り上げています。

実務に役立つ,最新の内容であり,企業法務に携わる方や,弁護士・税理士の方々には,是非,参考にしていただきたいと思います。

中村和洋

ファクタリング取引の法律問題


job_bengoshi_man弁護士の荒木誠です。

長い間更新ができておりませんでしたが,今回はファクタリング取引の法律問題について解説します。

 

1 ファクタリング取引とは

 ファクタリング取引は,一般に,売掛債権などを保有する者が,債権買取業者(ファクターといいます。)に対して,その債権を売り渡す(譲渡する)取引であり,その後はファクターが買い取った債権の回収を行います。

 譲渡に際しては,一定の手数料が控除された後の金額が支払われるのが通常です。

 経済的には,売掛債権などを支払期日前に売却することで,早期に資金化できるという機能があります。

 

2 ファクタリング取引と貸金業法

 ファクタリング取引との関係でよく問題になるのは,貸金業法にいう「貸金業」に該当しないかという点です。

 貸金業法3条1項は,「貸金業を営もうとする者は…登録を受けなければならない。」と規定しており,「貸金業」に該当する場合は,登録が必要となります。

 そして,「貸金業」の定義については,「金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介(手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法によってする金銭の交付又は当該方法によってする金銭の授受の媒介を含む…)で業として行うもの」と規定されています(2条1項。ただし例外もあります)。

 カッコ書きにあるように,金銭の貸付けという形式でなくとも,経済的に貸付けと同様の機能を有する契約に基づく金銭の交付であれば,ここに該当することになります。

 ここでいう「業として行う」とは,通常は,①反復継続し,②社会通念上,事業の遂行とみることができる程度のものをいうと考えられています。

 この点について,最高裁判例は,「反覆継続の意思をもって金銭の貸付又は金銭の貸借の媒介をする行為をすれば足り、必ずしもその貸付の相手が不特定多数の者であることを必要としない」という判断を示しています。そのため,反復継続して行う意思があれば,実際に複数回貸付けを行っていることまでは不要であり,また,貸付の相手方が特定の少人数に限られたとしても,貸金業に当たる可能性は否定できないと考えられます。

 貸金業の該当性判断についてはケースバイケースとしか言えませんが,上記の見解を前提にすると,貸金業に該当する範囲は,実際には思いのほか広いのではないかと思われます。

 

 これをファクタリング取引との関係で考えると,ファクタリング取引は債権を売り渡す(譲渡する)という売買契約の形式によるため,貸金業法とは関係がないようにも思われるかもしれません。

 しかしながら,ファクタリングの体裁をとりつつも,実際には,譲渡した債権を担保として,金銭の貸付けをしていると評価できるものが少なくありません。

 これは,真正の債権譲渡なのか,実質的には貸付けと評価されるのかという区別の問題です。

 その区別にあたっては,様々な要素を考慮する必要があり,その判断は容易ではありませんが,主としては,ファクターが回収不能のリスクを負担しているか否かという点がポイントになると考えられます。

 なぜならば,真正の債権譲渡であれば,譲受人が回収不能のリスクを負うはずですので,ファクターが回収不能のリスクを負わないならば,債権は実質的には移転しておらず,担保のために譲渡の形式をとったに過ぎないものと考えられるからです。

 ファクターが回収不能のリスクを負わないようにする方法としては,例えば,回収不能となった場合に債権の買い戻し義務を規定したり,回収不能額を譲渡人が負担する旨の規定がなされることがありますので,そのあたりがポイントになります。

 仮に,実質的には貸付けであると評価された場合には,業として行ったときは,貸金業に該当しますので,登録をしないで行えば,貸金業法違反となります。また,ファクターが受け取る手数料は,利息にあたるものとして,利息制限法の問題にもなってきます。

 

3 給与ファクタリングについて

 給与ファクタリングとは,ファクタリングのうち,特に給与債権を譲渡するものですが,貸金業法との関係で問題があると考えられます。

 この点については,令和2年3月5日付で,金融庁から見解が出されています(一般的な法令解釈に係る書面照会手続に対する回答)。

要約しますと,

①給与債権は,譲渡したとしても,直接払いの原則(労働基準法24条1項)があるため,使用者は直接労働者に対し賃金を支払うことになり,債権の譲受人は,常に労働者に対して支払を求めることになる。

②そのため,金銭の交付だけでなく,譲受人による労働者からの資金の回収を含めたシステムが構築されているといえ,経済的に貸付け(金銭の交付と返還の約束が行われているもの)と同様の機能を有しているものと考えられる。

③したがって,これを業として行う場合は,貸金業に該当する。

というものです。

 したがって,貸金業の登録をせずに給与ファクタリングを行った場合には,貸金業法違反となります。

 実際に給与ファクタリングが問題となった裁判例として,東京地判令和2年3月24日がありますが,判決では,上記金融庁と同様の見解をとっています。

 

4 後払い(ツケ払い)現金化について

 給与ファクタリングにも関連する問題として,最近,金融庁などが連名で,後払い(ツケ払い)現金化について,注意喚起を行っています。

 後払い(ツケ払い)現金化とは,形式的には後払いによる商品売買だが,商品代金の支払に先立ち,商品の購入者が金銭を受け取るというものを指す,とされています。

 どのような名目で先に金銭を受け取るのかというと,キャッシュバック,レビュー報酬名目や,提携した買取業者が商品を買い取ることによる場合などが多いとのことです。

 このスキームについても,ファクタリング取引で貸金業法が問題となったように,貸金業に該当しないか,具体的には,商品売買が形式的であって,その実質が金銭の貸付けにあたるかが問題となると考えられます。

 この種の事案で裁判となったものは把握しておりませんが,取引全体を見れば,商品売買は形式的に過ぎないといえる事情は多いのではないか(商品購入後すぐに提携業者が買い取る,商品の価値と購入代金が見合っていないなど)と思われますので,実質としては金銭の貸付けであると判断される可能性が高いと考えています。

 また,後払い(ツケ払い)現金化は,高額な支払を強いられるなどの危険性がありますから,注意が必要です。

                                     以上