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刑事弁護はコモディティ化できるか?


表題の「コモディティ化」とは,「汎商品化」ともいい,商品の個性がないことを指します。たとえば,自動車のように性能やデザインが問題となる商品と違って,ティッシュペーパーなどは一般的にはあまり商品の個性は問題にならず(厳密には,一部高級品などもありますが),どれもほぼ同じであって,消費者は安い商品を選ぶことになります。

法律事務でいえば,債務整理や過払い請求の事案では,全国展開している法律事務所や司法書士事務所があり,そのようなところでは,多数のスタッフによりマニュアル化された処理がなされているようです。いわば法律事務がコモディティ化しているといえます。

これと同様に,刑事弁護をマニュアル化し,実際に担当する弁護士個人の経験年数にかかわらず,それぞれの事件で類型ごとに同じような処理を行うことは可能でしょうか。

そもそも債務整理や過払い請求についてマニュアル化して,弁護士が実際に依頼者に面談することもなく,スタッフ中心に形式的に大量処理をすること自体にも,私は疑問があります。

目の前の事件を法律に従って形式的に処理することだけが目的ではなく,紛争を解決し,依頼者に最適なアドバイスをすることで,長期的に依頼者に安心を与えることが弁護士の仕事だと思うからです。

債務整理をしなければならない依頼者には,何か原因があるはずです。収入よりも支出が恒常的に多くなっているので,借金が増大しているわけですから,なぜそうなっているのか丁寧に聞き取って,今後,同様の事態が発生しないようにはどうすれば良いか,具体的なアドバイスも求められるはずです。

また,弁護士がきちんと会って面談して,話をすることは,依頼者にとっての重みが全く違うと思います。それが短時間であったとしてもです。いくら,債務整理の事務処理そのものがマニュアル化可能だからといって,大切なことを軽視して,ただ,大量処理することが弁護士のサービス向上になるとは思えません。

しかし,弁護士による個人の債務整理は,実際には,コモディティ化してしまい,初回相談無料,着手金無料などのサービスによる価格競争となっています。

それでは刑事弁護はどうでしょう。

確かに事件の類型,逮捕,勾留といった手続段階でとるべき手段などについて,ある程度,マニュアル化は可能でしょう。

しかし,私は,検事時代を含めると,これまで数千件の刑事事件の捜査や裁判に携わりましたが,どんな事件にも,それぞれ特有の個性があります。

接見に行って,黙秘権があることや供述調書は署名する前によく確認すること,署名する義務はないことは常にアドバイスしますが,それだけでなく,どのように取り調べに応じればいいのかについて具体的なアドバイスは,事件の内容,依頼者の個性などによって違います。また,不服申立ての手段を取るのか,取るとしてどのタイミングでどの手段をとるのか,検察官や警察官と面談して交渉するとして何をどう伝えるのか,意見書は出すのか,出すとしてその内容は,被害者がいるとして示談の交渉をどのようなタイミングでどう行うかなど,その組合わせは複雑であり,とても単純にマニュアル化できるものではありません。

また,捜査中には,弁護人は捜査の記録を見ることはできませんから,経験に基づく推測を前提に活動をしなければいけないという点もあります。

私は,刑事弁護という活動は,弁護士の職務の中でも,非常に高度で難しいものであると感じており,今でも,悩みながら慎重に行っています。

いわば刑事弁護は,経験と研鑽に基づく職人的な仕事であって,マニュアル的な大量処理には最も向かないサービスです。だからこそ,プロとしてはやり甲斐があるという面があるのだと思います。

ですから,刑事弁護はコモディティ化できない,経験のある弁護士が専門的に取り扱うべき分野であるというのが私の答えです。