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Archive for 9月 2nd, 2020

法律の中の幽霊

水曜日, 9月 2nd, 2020

お化け弁護士の渡邉春菜です。

8月が過ぎ去り,9月が到来しました。

体温より高い外気温にとろけそうな日々もようやく終盤。

とはいえ,週間予報を眺めれば,予想最高気温は35度前後にべったり張り付き,秋の姿は未だ見えず。

せめてウェブ空間の中だけでもひんやりとした涼を演出すべく,本日は「幽霊」のお話です。

 

なお,当業界(法曹界),実にさまざまな紛争を扱いますため,「幽霊よりも人間の方が怖い」というご発言をされる方が大変多いのですが,幽霊よりも恐ろしい人間のお話は,涼しさを通り越して凍り付きそうになりますので,本ブログでは省略させていただきます。

 古今東西,幽霊の存在は,多くの人により信じられ,語られ,研究されてきました。しかし,現在においてもその存在は証明されていません。

現代の日本の法律でも,幽霊なるものは存在しないことになっています。

「幽霊」という文言が載っている法律は,寡聞にして存じません。

はりめぐらされた法の網も,幽霊には及んでいません。

民法には3条1項に「私権の享有は出生に始まる」という大変格調の高い条文があります。

これは要するに「人は生まれながらにして,私法(民法等)で認められた諸権利(人格権・財産権等)を有しうる」という意味なのですが,同時に「人は亡くなったらこれらの諸権利を有する資格を失う」ということを意味します。

つまり,幽霊に「権利」はありません

刑法では,主に「者」(≓人)に対する処罰を定めていますが,亡くなった方はこれに含まれません。つまり,幽霊は処罰されません。

 

現在の法律は基本的に「幽霊は存在しない」という前提で作られ,運用されています。しかし,法律の話をしている際に「幽霊」が一切登場しないかというと,実は登場シーンがないではないのです。

いわゆる「事故物件」,例えば,居住用マンションの一室で居住者が亡くなり,その後その部屋には「幽霊が出る」という噂が絶えず次々に入居者が変わっていたものの,そうとは知らずにこれを購入してしまった方がいるとします。後からこの事実を知った購入者は,(一定の条件を満たせば)民法に基づき,売買契約を解除したり売主に損害賠償請求等をすることが出来ます。 

 

今年4月に改正される前の民法(改正前民法)では,「売り物に『瑕疵』(読み方:かし,意味:キズ)があった場合,一定の条件を満たせば,購入者は売主に対して売買契約の解除や損害賠償請求ができる」となっていました(改正前民法570条)。

売り物にキズ(瑕疵)がある」とは,「この手の売り物には一般的に×××という品質や性能があるけれども,この売り物にはそのような品質や性能がない」という状態です。

例えば,白雪姫がリンゴ売りから買ったリンゴが毒入りの場合,このリンゴには「キズ(瑕疵)」があります。

通常売られているリンゴは食べることができますが,白雪姫が買ったリンゴは毒が入っていて食べることが出来ないものだったからです。

この「キズ(瑕疵)」は,「買ったリンゴに毒が入っている」とか,「買ったマンションが雨漏りする」等の物理的なものに限られません。

心理的瑕疵」,つまり,「売り物の物理的な性能等に問題があるわけではないけれども,購入を考えている人が『そんな事情があるなら買いたくない!』と強い心理的抵抗を感じやすい事情」も含まれます。

以前の居住者がこの部屋で亡くなっていて,以後幽霊が出るという噂が絶えない」というのも,この事情の一つにあたり得ます。 

したがって,このような部屋を買ってしまった場合,(一定の条件を満たせば)契約の解除や損害賠償請求が出来ることになるのです。

 

なお,この4月に改正された民法では,瑕疵に関する売主の責任が定められた旧民法570条(瑕疵担保責任の定め)が削除されました。

しかし,代わりに「契約不適合責任」という条文(改正後民法565条)が新たに出来ました。

そのため,上記のような心理的瑕疵に関する考え方は,基本的に変わらないと思われます。 

ただ,変更点が一つあります。 

第一に,説明の仕方。「この手の売り物は一般的に×××という品質や性能を持っているけれども,この売り物にはそのような品質や性能がないから,この売り物にはキズ(瑕疵)がある」という説明の仕方が,「この手の売り物は一般的に×××という品質や性能を持っているけれども,この売り物にはそのような品質や性能がないから,この売り物は契約不適合(=売買契約に適合した売り物ではない)」という説明に変わります。

第二に,購入者が売主に何を請求できるかです

改正前は①契約解除②損害賠償請求が出来るとなっていましたが,改正後は,これらに加えて,③売買代金減額請求が可能になります。(ごく例外的なケースになるとは思いますが,場合によっては)④代替物の引渡請求(=同じような部屋を引き渡せとの請求)も可能かもしれません。

 

以上,本日は,法律の世界に出てくる幽霊のお話でした。

怪談的ひんやり感を楽しんでくださった方,サムさを感じられた方,いずれも,まだまだ続きそうな暑さに負けないようご自愛ください。

イラスト作画:中村和洋