パロディと知的財産権
NHKでアニメになっている「ねこねこ日本史」は,可愛い猫のキャラクターが歴史上の人物として活躍するもので,大変面白いものとなっています。
以前,タレントのデーモン閣下が,「ねこねこ日本史」に登場した高杉晋作のことでNHKに抗議をしたとの報道がありました。
そのキャラクターが,デーモン閣下風のメイクや服装であったことについて,自らの許諾を得ていない権利侵害であるとしたのです。
これは,いわゆるパロディが権利を侵害することになるのかという難しい問題です。
1.パロディとは
パロディとは,文学作品や美術作品,あるいは特定の人物を模して,ユーモアや風刺等を表現するものです。
日本では,本歌取り・替え歌・川柳・狂歌等の慣習があります。
また,最近では漫画やアニメ作品の登場人物を題材にした同人誌が多数発刊されています。
そのため,日本はパロディが盛んで,かつ比較的寛容な風土があるといえるでしょう。
2.パロディと著作権
パロディは他人の著作物等を利用して創作行為をするものですから,著作権法に違反しないでしょうか。
パロディが著作権に違反しないかどうかは,直接定めがありません。
学説の中には,表現の自由を守る見地から一定の場合にはパロディは違法ではないとするものがあります。
具体的には,
①利用される原作が著名であること,
②著作物そのものを揶揄,嘲笑するものではないこと,
③原作を通じて社会的に固定されている観念の破壊,風刺,揶揄であること,
④芸術的,思想的な問題提起を目的とするものであること,
⑤利用する著作物が独立性をもつものであること,
⑥利用する側の著作物が芸術的,思想的に優れたものであること,
⑦必要最低限のやむを得ない改変であること,
を要件にあげています(染野啓子「パロディほごの現代的課題と理論構成」法律時報55巻7号41頁)。
ただ私見では,④,⑥の芸術的,思想的な問題提起という要件は,主観的判断に流れやすいので,あまり厳格に解すべきではないと思いますし,⑦の最小限の改変という要件も必ずしも必要ではないと思います。
例えば,作家の筒井康隆の作品に,「日本以外全部沈没」という小説があります。
これは小松左京の「日本沈没」のパロディですが,発想や登場人物の一部に共通するものがあるものの,ストーリーが完全にオリジナルな作品となっています。
ギャグ小説としての価値も高く,適法なパロディと認められる例だと私は考えます(なお,実際には小松左京の許諾を得ていたそうです)。
3.パロディと商標権
商標権との関係では,最近の判例で,「フランク三浦」事件があります(最高裁平成29年3月2日決定)。
これは,「フランク三浦」という安価な腕時計があり,これが著名な「フランク・ミュラー」の商標権を侵害するものとして訴えられた事件です。
判決では,価格もデザインも相当異なり,一般の人がフランク・ミュラーとフランク三浦の時計を間違えることは考えられないとして,商標権を侵害するものではないとしました。
これは適法な「パロディ」と判断された事例であり,話題になりました。
4.パロディと肖像権
冒頭で紹介したデーモン閣下と「ねこねこ日本史」の事例はどうでしょうか。
これはデーモン閣下の著作物ではなく,そのメイク,服装といった外見の特徴をパロディとしたものです。
メイクや服装は直ちには著作物といえませんが,デーモン閣下のメイクや服装については独自の創造性があるものと認められるならば,著作権侵害の問題になり得ます。
また,商標登録をしているのでなければ,商標権の侵害は問題にならず,「肖像権」が問題となります。
肖像権とは,有名人の氏名や肖像について認められる商業的な権利です。
例えば,アイドルの写真を無許可で撮影し,販売することは肖像権の侵害となり,損害賠償責任を負う可能性が高いといえます。
デーモン閣下の事例では,デーモン閣下のメイクや服装,また「デーモン〇〇」という呼び名は,著名であり,商品価値のあるものですから,肖像権が認められるといえるでしょう。
しかし,私は「ねこねこ日本史」の事例では,著作権や肖像権を侵害するとまではいえないと思います。
理由は,
①ねこねこ日本史の「デーモン風高杉」の絵は,相当デフォルメされた,いわゆる「ゆるい」絵柄であり,デーモン閣下に酷似しているとはいえず,また,多数の登場キャラクターの一人(一匹)にすぎないこと,
②デーモン閣下の肖像の特徴自体,古くから言い伝えられている悪魔や,典型的なパンクロックのメイク・服装のパロディ的な要素があること,
③高杉晋作が当時の文献に「悪魔のように傲然」と記されていることや,都々逸や短歌など歌が得意であったことから,歌手のデーモン閣下を連想したものであり,合理的な理由のある「うまい」パロディとしての価値が認められるものであること
からです。
5.注意点
最近,特にインターネットの世界では,色々な著作物,有名人のパロディ作品が溢れています。
しかし,「パロディだから許される」と安易に考えると,知的財産を侵害していると指摘を受ける可能性があります。
適法なパロディかどうかを判断することは,結局のところ,作品の内容,価値等に基づいて個別に判断していくほかなく,難しい法律問題の一つといえますので,商品やサービスの名称にパロディを用いることについては,注意が必要です。