平成21年夏の衆議院選挙では、皆様ご承知のとおり、劇的な政権交代が行われました。
私の住んでいる地域でも、熾烈な選挙戦が行われ、現職の2世議員を破って、若い新人候補が当選しました。
この政権交代によって、経済や福祉など、これからの日本がどうなっていくのかについては、興味が尽きないところです。
他方、昨年の選挙においても、過去の例にもれず、各地で選挙違反が摘発されています。
そこで、今回の「企業活動における刑事リスクについて」では、トピックとして、公職選挙法違反を取り上げます。
買収の次に典型的な選挙違反といえば、詐欺投票です。
公職選挙法237条1項では、「選挙人でない者が投票をしたときは、1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。」とされており、同条2項では、「氏名を詐称しその他詐偽の方法をもつて投票し又は投票しようとした者は、2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。」とされています。
1項は、例えば、特定の候補者に投票したいがために、本当は住んでいない場所に住民票を移して、投票をするという行為がこれに当たります。
また、2項は、例えば、友達が選挙に行く時間がないというので、身代わりで友達になりすまして選挙に行く場合が典型例です。
私がある地方の検察庁に勤務していたときに取り扱った事例では、事情聴取をした関係者から、「うちの地域では昔から、選挙に興味のない人から用紙をもらって、代わりに投票に行くということが常識的に行われてきたんです。」ということを聞き、非常に驚いたことがありました。
その他、ボランティアも含めて、未成年者は選挙運動をすることができません(公職選挙法137条の2)。
この違反については、1年以下の懲役又30万円以下の罰金に処せられます(公職選挙法239条)。
未成年者に選挙運動をさせた人も、これによって処罰されます。
公職選挙法違反で起訴され有罪判決を受けた場合には、候補者にとって重大な影響があります。
候補者自身が罰金も含めて有罪判決を受けた場合には、原則として、当選した場合であれば当選が無効になりますし、また、当選の有無にかかわらず、裁判が確定した日から5年間若しくは執行猶予の期間中は、選挙権及び被選挙権が停止されます。
これを公民権停止といいます。
また、候補者自身が起訴されていないにしても、選挙の総括主宰者及び出納責任者等が有罪判決を受けた場合には、当選無効となったり、5年間、同じ選挙区から立候補できないというペナルティがあります。
これを連座制といいます。
選挙が行われる場合、警察は必ず選挙違反を摘発するとの姿勢の下に、公示前から情報を収集し、選挙期間中も活発に内偵捜査を行います。
選挙違反の取締りを担当する部署は、都道府警本部の捜査2課(知能犯担当)であり、選挙期間中は、他の担当部署や所轄警察署からも多くの応援をもらって、十分な布陣をしいた上で、熱心に内偵捜査を行います。
選挙の動向に政治的な影響を与えてはいけないため、投票日までは、関係者からの事情聴取や逮捕等は控え、投票日の翌日になってから、本格的に捜査に着手するのが通例です。
また、公職選挙法違反については、法令の解釈や裁判での立証に難しい面がある場合も多いため、通常の事件に比較し、より綿密に検察庁と警察が連携をとっています。
ただ、選挙違反を摘発することは、警察にとって大きな実績になるので、都道府県警が互いに競い合い、必ず選挙違反の事件をやらなければならないということがノルマになっているようです。
そのため、鹿児島の志布志事件のように、最初に誤った情報や思いこみで捜査に着手したため、後戻りができなくなり、えん罪を生み出してしまうという弊害が生じているのです。
もちろん、健全な選挙が行われることは民主主義の基本であり、選挙の公正を害する違反が行われたときには、厳正に対処することが必要です。しかし、そのための捜査が誤った方向に行かないためには、国民による監視が十分になされなければなりません。
近時、取調べの可視化、つまり取調べの様子をすべて録音・録画するという制度を導入すべきという問題が大きく取り上げられるようになっており、私も、捜査を近代化するためには、この取調べの可視化が不可欠だと考えています。
検察、警察は最近、ごく一部の事件を対象に、取調べの最後の様子のみを録音・録画するという制度を導入していますが、まだまだ不十分であり、全面的な録音・録画による可視化を実現する必要があります。
刑事弁護に普段から携わっている一弁護士としては、今回の政権交代によって、取調べの可視化が実現することについて、大いに期待をしている次第です。