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論文・セミナー

「企業活動における刑事リスクについて(第3回)」

1 刑事リスクとその対処

企業活動における刑事リスクとは、「企業が経済的・社会的活動を営んでいくにあたって、その関係者が刑罰法令に違反する行為をし、摘発の対象となることで、捜査や裁判等の負担、刑罰、行政処分、社会からの大きな非難を受けることによる様々なリスク」のことです。
これまで、刑事リスク総論の説明(第1回)と、各論としてインサイダー取引、粉飾決算の説明(第2回)をさせていただきました。
そのほかにも、談合・カルテル、脱税、特別背任、食品等の偽装表示、労働基準法違反や労働安全衛生法違反など様々な問題があり、この連載では、そういった個々の犯罪の説明を取り上げようと思っています。
ただ、前回、前々回と固い話が続きました。
そこで今回は、もっと身近な犯罪として、会社の従業員が気をつけるべき犯罪で、経営者からみると発生を予防すべき犯罪として、窃盗、横領、背任、文書偽造を取り上げます。


2 窃盗と横領

店舗の従業員が、商品を盗むとどのような罪になるでしょうか?
これは、その従業員の立場によって、成立する犯罪が変わります。
例えば、コンビニエンスストアのアルバイト従業員が商品の弁当を勝手に食べたという場合、窃盗罪になります。
これとは異なり、同じコンビニエンスストアで、売上金を管理している雇われ店長が、レジからお金を取って自分の物にした場合は、業務上横領罪になります。
窃盗罪は、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられ(刑法235条)、業務上横領罪は10年以下の懲役に処せられます(刑法253条)。罰金の定めがない分、業務上横領の方が重いといえますが、窃盗罪で罰金になるのは、通常は、万引きなどの軽微なものに限られます。
窃盗と横領の区別は、目的物の占有が自分であるか他人であるかという点で為されます。他人の占有している物を盗んだ場合は窃盗になり、自分が占有する他人の所有物を取った場合は横領になるとされています。
占有とは、事実上、その物を支配・管理しているということです。
コンビニエンスストアのアルバイト店員は、接客業務や、商品の陳列等を任されてはいますが、通常は、商品を管理・支配する権限までがあるわけではなく、店長等の責任者が商品を管理しているはずです。ですから、アルバイト店員が商品を取った場合は、店長等が管理している、つまり占有している商品を盗んだということで窃盗罪になるのです。
これに対し、雇われ店長が売上金を取った場合は、売上金を管理・支配しているのはその店長自身になりますので、他人の占有する物を盗んだことにはなりません。しかし、売上金の所有権は店の経営者(ないし法人)にありますので、店長は、自分が占有する他人の所有物を取ったということで、業務上横領になるのです。なお、業務上というのは、社会生活で繰り返し行っている仕事等を指します。
これまでの私の説明で、横領では、「他人の所有物を取った。」と表現したにもかかわらず、窃盗では、「他人の占有する物を取った。」と表現しており、窃盗では、他人の所有かどうかが問題とならないことに、気がつかれましたか?
例えば、私の隣人が私の家から何か荷物を盗んで、それを隣人の家にまで持ち帰っていたとします。
それを取り返そうと思って、私がその隣人の家から、私の荷物を奪い返した場合でも、私自身に窃盗罪が成立してしまいます。自分の所有物を取り返したにすぎないにもかかわらず、です。これを「自力救済禁止の原則」といいます。
日本をはじめとする近代国家は法治国家であり、裁判という制度を使わずに、実力行使をすることは許されていません。実力行使を許すと、力の強い者が得をする無法社会になってしまうからです。
ですから、人に物を奪われた場合でも、後日、その物を取り返すためには、裁判制度を利用しなければならないこととし、そのような制度を無視して実力行使した場合には、窃盗罪として処罰されることもあり得ますので、注意をしてください。
さて、このような商品・売上金の窃盗や横領については、よく見聞きします。
私が検事をしていたときにも、このような犯罪は多数処理しましたし、弁護士となった現在でも、代理人として刑事告訴をしたり、民事訴訟を提起したことがあります。
その際にいつも思うのは、商品であれば在庫、売上金であればレジの現金や預金の確認を、経営者や経理担当者が日々きちんと行ってさえいれば、犯罪の発生は防止できたはず、ということです。
従業員による犯罪の被害に遭うときは、やはり、経営側の杜撰な管理が従業員の犯罪を誘発する大きな原因であることが多いようです。


3 背任と文書偽造

テレビや新聞で、「背任行為」、「背任罪」という言葉をよく目にします。
刑法の背任罪とは、「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と規定されています(刑法247条)。
これって、意味がわかりますか?
この背任罪は、実は、我々実務家でもなかなか分かりにくい複雑な犯罪です。
典型的な背任の例は、信用組合の理事が、資力の乏しい相手先に無担保で貸付を行ったような場合です。
この場合、理事は、信用組合のために働く者、つまり、「他人のために事務を処理する者」にあたります。また、信用組合の利益ではなく融資先の利益をもっぱら図っているため、「第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的」であったことになります。そして、理事としては回収見込みのある融資を行わなければならないのにその職務に違反したことから、「その任務に背く行為」をしたということになります。
しかし、実際の事例で、背任罪に該当するかどうかを判断することは、なかなか微妙です。上記の貸付行為にしても、無担保で貸し付けることに十分に経済的な合理性があれば、「任務に背く」とはいえず、背任罪は成立しません。
また、本人としては、当時は誠実に職務に従事していると考えていたつもりであるにもかかわらず、後日、損失が生じたことで、結果責任に近い形で背任行為を追及される例もあります。
普通、犯罪では、故意があること、つまり自分の行っている行為が犯罪行為であることを認識している必要があり、背任罪では「任務に背くこと」を認識している必要があります。
しかし、「任務に背く」という言葉そのものが、本来するべき仕事を怠ったという過失的なニュアンスを含むため、不注意で任務に背いてしまったことと背任罪の故意があることとは、紙一重なのです。
検察庁の特捜OBで、私の大先輩のある弁護士は、「背任罪は、実は、故意犯ではなく、過失犯を処罰するものである。だから、行為当時、任務に違反するつもりはなかったんだという弁解をしても、聞き入れてもらうことは難しい」ということを言っておられましたが、正にそのとおりだと思います。
次に文書偽造の説明をします。私文書偽造とは、「行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して、権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し」たり、「変造」したりすることをいい、3か月以上5年以下の懲役に処せられます(刑法159条1項、2項)。
法律の文章は難しいですが、かみ砕いていいますと、他人に無断で、その人の名義の文書を勝手に作り出した(偽造)り、他人が作った文書について、無断で勝手に一部を書き加えるなどする(変造)することです。
これを読んでおられる皆さんは、「自分は、そんな悪いことしませんよ」と思われるかもしれません。 
しかし、例えば、上司の決裁が必要な文書であるにもかかわらず、上司が不在であったため、急いで処理するために勝手に決裁印を押したり、あるいは、上司が作成した文書の内容を勝手に変えたりすると、それは私文書偽造になります。
また、自分より地位が下の従業員が作った文書ではあるが、自分の権限外である文書を勝手に書き換えたり、経営者が、取締役会の議事録の内容を他の取締役に無断で後で変えてしまったりしても、やはり、それらの行為は、私文書偽造になります。
それから、文書偽造の罪の一種として、公正証書原本不実記載罪というものがあります(刑法157条)。これは、登記簿や戸籍に嘘の記載をした場合であって、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます。
例えば、本当は土地・建物を贈与したのに、節税(脱税?)の目的で、売買であるという嘘の理由を記載して登記をすれば、公正証書原本不実記載罪に該当してしまいます。
おそらく、上記のような各事例では、行為者は犯罪であるという意識まで持っていないのではないでしょうか。しかし、このようなよくある事例が、まさか警察や検察庁に犯罪として摘発されないだろうというのは、実は甘い考えです。
一昔前までは、一部の業界等では当たり前のように行われており、犯罪として摘発まではされていなかった談合や、公務員同士の官官接待、産地の偽装等が次々と摘発され、処罰の対象とされているのは記憶に新しいところです。
以上のように、その当時の意識としては、積極的に犯罪をするつもりがなくても、職務怠慢の結果、犯罪につながってしまい、とんでもない事件を招くことがままあります。
企業の経営者の方や、助言をさせていただく我々弁護士としても、コンプライアンスを重視し、身を引き締めなければいけないと思う次第です。




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