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論文・セミナー

「企業活動における刑事リスクについて(第2回)」

1 第1回のおさらい

企業活動における刑事リスクとは、「企業が経済的・社会的活動を営んでいくに当たって、その関係者が刑罰法令に違反する行為をし、摘発の対象となることで、捜査や裁判等の負担、刑罰、行政処分、社会からの大きな非難を受けることによる様々なリスク」と定義付けることができます。
前回は、企業活動における刑事リスクについて総論的な説明をさせていただきましたが、最初に前回のまとめと少し補足をいたします。
脱税や贈収賄、談合、粉飾決算、そして最近話題の偽装表示など、企業関係者が何らかの刑罰法令に触れる行為をすることについては、多種多様なものが考えられます。それだけでなく、リスクの高い取引をしたことをとらえて、取締役の背任行為であるといわれる場合や、法律の知識が不十分であるためにインサイダー取引規制に違反してしまう場合なども含めますと、現代社会においては、企業は様々な刑事リスクにさらされているといえるでしょう。
そのようなリスク発生時には、適切な社内調査や、捜査当局・マスコミへの対応がなされなければなりませんが、実際は、簡単なようで、かなり大変な作業です。
私は、検事をしていたときには摘発する側として、弁護士になってからは防御する側(あるいは被害者の代理人として告訴を行う側)として、企業犯罪への対応を行っています。
刑事リスク対処の現場では、実際の捜査の動きを見つつ、同種の事例と比較しながら、どこまでの範囲で事件が摘発されるのか、どれくらいの重い処分が予想されるのか、関係者の逮捕・勾留にまで至るのかなど、予想を立てつつ、適切な対処を迅速に行っていかなければなりません。そのために、何度も会議をしたり、マスコミへの発表文書や行政機関への対応を検討したり、並行して株主総会などの対策を協議したりなどの対処が必要となります。
いわば、現代における企業の刑事リスク対処とは、企業法務の分野、刑事弁護の分野、行政事件(交渉)の分野などが交錯する非常に高度で専門的な法律問題だといえるでしょう。


2 正しい知識が重要

企業活動における刑事リスクについては、コンプライアンス(法令遵守)を充実させて、予防措置を講ずることが何よりも重要です。
昨年、私はある自治体から委嘱を受けて、収賄事件を契機に設けられた外部調査委員会に参加する機会を得ましたが、そこでの議論を通じて、やはり組織のトップ以下、構成員すべてが、刑罰法令についての知識を持つことが何よりの刑事リスク予防策だと感じております。
ですから、企業においても、経営者だけでなく、幹部、従業員の1人1人に至るまで、まずは、何をすると犯罪になるのかということの正しい知識を持っていただきたいです。
そこで、今回からは、企業活動に関連する各個別の犯罪について、具体例を挙げて説明することとし、本稿では、証券取引に関連する犯罪として、インサイダー取引と粉飾決算を紹介します。


3 インサイダー取引
  1. 捜査の現状
    インサイダー取引とは、ごく簡単に言うと、上場企業の内部情報を知る人物が、その情報の公開前に、当該企業の株式の取引をすることです。
    インサイダー取引を含めて、証券取引に関連する犯罪摘発については、特に最近、捜査当局がかなり力を入れています。
    証券取引犯罪については、その多くは証券取引等監視委員会が摘発し、東京や大阪の地検特捜部に告発するというパターンで行われます。
    しかし、最近は、証券市場に暴力団組織が関与する例も見られるようになり、この種の事案を取り扱う警察の生活経済課のほか、本来、暴力団の抗争事件等を対象としていた捜査4課も、積極的に捜査を行うようになりました。
  2. 金融商品取引法との関係
    近年、証券取引法が改正され、新たに金融商品取引法が制定され、その規定の多くは平成19年中に施行されました。
    この改正自体は、多岐にわたるものですが、主要な骨子の一つは、プロ向けの投資活動と、そうでないものとを分けるなどし、プロ向けについては規制を緩和することによって、「貯蓄から投資へ」という資金の移動を促すというものです。
    そして、このように証券取引の規制が緩和されるという反面、健全な市場を確保するために、インサイダー取引や有価証券報告書の虚偽記載などの違反行為については、罰則が強化されています。
    また、企業に厳格な内部統制を求めていることも、ご承知のとおりです。
  3. 条文規定と具体例
    インサイダー取引規制は、金融商品取引法166条、167条に定められています。
    ただ、この金融商品取引法という法律の条文はかなり読みにくく、一読しても、なかなかインサイダー取引の意味が分からないと思います。
    まず、金融商品取引法166条に定める会社関係者等のインサイダー取引ですが、これは、①上場会社等の役職員等の会社関係者等が(対象者)、②当該上場会社等の業務等に関する重要事実の発生後、公表前に(時期)、③当該重要事実を知りながら当該上場会社等の特定有価証券等の売買等をすること(行為)を禁止するというものです。
    このほか、金融商品取引法167条では、公開買付者等関係者等のインサイダー取引規制が定められていますが、本稿では割愛します。
    罰則はかなり重く、違反者には、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金、あるいはその両方が科されます(金融商品取引法197条の2第13号)。
    インサイダー取引規制が証券取引法に設けられたのは、昭和63年ですが、そのころは、摘発されても、大抵は罰金で終わっていました。
    しかし、最近では、村上ファンド事件にみるように、社会的影響が大きいと懲役の実刑になることもあり得るので、これは非常に大きな制裁です。
    このようなインサイダー取引が規制される理由は、証券市場の公正性と健全性に対する投資家の信頼の確保にあると言われています。
    つまり、一般投資家の知らない会社内部の特別の情報を知る立場にある者は、一般の投資家と比べて著しく有利となるので、そのような取引は不公平です。これが放置されると証券市場の公正性と健全性が失われ、一般投資家の証券市場に対する信頼が失われてしまうというものです。
    具体例としては、①上場会社の幹部が、同社が民事再生を申し立てることが取締役会で決定されたことを知り、その発表前に、株式を売却した場合、②ある人が、上場会社の海外にある主要な工場が火災で焼失したことを友人である同社役員から聞き、発表前に同社株式を売却したというような場合等が挙げられます。後者の場合、株式を売却したある人は、摘発の対象者である「会社関係者等」に含まれてしまいます。
  4. 利益目的なくても処罰
    このような事例において、以下の点に注意してください。
    例えば、行為者が、利益を得る目的がなくとも、犯罪は成立します。つまり、内部情報を知った後、別の動機から株式の売買を行っても、インサイダー取引になり得るのです。取得や売却の動機が、例えば金融不安による株価下落を懸念したものであっても、形式的に条文に当てはまれば、インサイダー取引に該当し得ます。
    また、インサイダー取引については、ややこしい条文の解釈問題やいくつかの例外規定もあり、実際には判断が難しいことがあります。
    そして、上場企業の役員等が利益を得る典型的な例だけでなく、役員から内部情報の伝達を受けた人も行為者になり得ますので、上場企業のサラリーマン、一般投資家等も捜査・調査の対象となり得ますし、相続等による株式の売却や、組織再編等に際しても、常に念頭に置いておく必要があるのです。
    少しでもインサイダー的な立場にかかわっていると考えられる方が、上場会社の株式の売買をされようとするときには、できるかぎり専門家にご相談されることをお勧めします。

4 粉飾決算について

粉飾決算とは、売上の過大計上や、経費の過少記載によって、会社の財務諸表の数字を誤魔化して、会社の利益を実際よりも多く見せかけることをいいます。
このような粉飾決算は違法配当として会社法に違反する犯罪になる場合もありますが、典型的には、上場会社が金融庁に提出する有価証券報告書の虚偽記載罪となります。
これは、金融商品取引法197条1項1号、24条1項により、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、又はその両方が行為者(代表取締役やその共犯である財務担当者等)に科せられます。さらに、会社自身にも、7億円以下の罰金刑が科せられます(金融商品取引法207条1項1号)。
この粉飾決算については、完全に架空の売上を装った場合に限らず、翌期の売上とすべきものを今期に前倒しすることによる粉飾の場合も含まれます。業界によっては、少なくない同業者がこのようなことを行っている場合もあります。例えば、経営実績が入札資格という死活問題にかかわる建設業界や、また、近時の有名な事例にもあるように、カネボウのような繊維業界、メディア・リンクスやライブドアのようなIT業界には、粉飾決算を行いやすい傾向が見受けられるとの指摘があります。
ですから、単に売上を前倒しするだけだからいいだろうという考えは禁物であり、犯罪にもなり得る重大事だということを常日頃から十分に意識して、業界の安易な風潮に流されないようにする必要があります。



5 次回以降の予定

次回からも、刑事リスクの各論の続きとして、談合・カルテル、脱税、特別背任、業務上横領、食品等の偽装表示、労働基準法違反や労働安全衛生法違反など様々な問題についてご説明させていただく予定です。




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