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論文・セミナー

「企業活動における刑事リスクについて(第1回)」

1 はじめに

食品の偽装表示の問題を始めとして、近時は、企業不祥事に対する世間一般の見方は非常に厳しくなりました。
会社の上層部が関与している場合だけでなく、従業員個人の場合であっても、それが企業倫理に違反するものであったり、ましてや、刑罰法令に触れる行為であるときには、その対応を誤ると企業の存続まで危うくしかねません。
脱税や贈収賄のように故意に法律に違反することがあってはならないことはもちろんですが、以前であれば慣行的に行われていた官僚に対する接待行為も、場合によっては贈賄罪に問われる可能性があります。
また、カルテルや談合行為については、担当従業員がそれを行っているのに、トップがその認識を欠いている場合もあります。
近時、インサイダー取引について、NHKや野村証券の職員が摘発された事件が注目を集めていますが、インサイダー取引は地位を悪用して不正に金儲けをしたような場合に限らず、秘密を知る立場の者の法律知識が不十分であるがゆえに、うっかりと違反してしまうこともあります。
さらに、社内の監視体制が不十分なために多額の横領が発生する場合、粉飾決算等により金融商品取引法に違反する場合、取締役がリスクの著しく高い取引をしたことで特別背任罪に問われる場合など、企業関係者が何らかの刑罰法令に違反する行為をする場面は、多種多様なものがあり、決して他人事ではありません。
この論稿では、上記のような場面において生ずるリスクを、便宜上「刑事リスク」と名付けることにします。この「刑事リスク」については、企業内部における普段からのコンプライアンスの確立によって予防策を講ずることが一番重要です。しかし、上記のとおり、経営者や従業員の不注意や法律知識の欠如などにより刑事リスクが発生してしまうことまでは、完全には避けられません。
筆者は検事任官中、企業にかかわる様々な犯罪に直面してきました。そのような経験を踏まえ、「企業活動における刑事リスクについて」と題して、刑事リスクが発生してしまった場合の適切な対処方法について解説いたします。


2 リスク発生時における対応方法(総論)
  1. 強制捜査等への対応
    刑事リスクは、その多くは、最初に、警察、検察庁といった捜査機関のによる捜査、あるいは国税局、証券取引等監視委員会、公正取引委員会等の行政機関による調査(以下「捜査等」といいます)が、いきなり行われることによって顕在化します。
    その場合における企業側の当初の対応は非常に重要であり、これを誤るとどんどん悪い方向に流れていきかねません。しかし、適切な対処方法をとることによって、損害を最小限に食い止めることができます。
    捜査等のパターンとしては、いきなり、企業の本社や事務所に担当官が複数名で訪れ、裁判所の令状を示して、関係する書類やパソコン等の物を捜索して、押収するという強制的な手段がとられる場合が多数です。これは否も応もありませんので、むしろ進んで協力して、なるべく短時間で済ませ、事業活動への影響を少なくする必要があります。
    また、このような捜査等の際に絶対にしてはならないことが、証拠を隠す行為です。捜査等に入る際には、当局は、すでに何らかの情報をつかんでいます。内部からの情報提供ということもあり得ますし、仮に不利な証拠を一部どこかに隠したり、廃棄したりしても、完全に事実を隠し通すことはできませんから、このような証拠隠滅工作は、必ず後で判明します。
    そうなった場合、捜査等に非協力で証拠隠滅のおそれがあるということで、関係者の多くが逮捕、勾留され、さらに起訴されるなどの厳しい処分がなされるという最悪の事態に陥る可能性もあります。
    ですから、証拠隠滅を疑われないということはもちろんですが、捜査等開始後も、関係する資料を社内でまとめたり、情報を整理したものを積極的に当局に提供することによって、むしろ企業側のペースで捜査等をリードしなければなりません。その上で、できる限り企業側に有利な方向で、解決を図ることが大切です。
  2. 社内での調査
    刑事リスクが発生した場合、事実の全貌とその発生原因を、早期に社内で調査しなければなりません。そうしないと、適切な対処ができないからです。
    そのため、まず、当該リスクに対応する社内調査グループを速やかに立ち上げなければなりません。上場企業の場合ですと、証券市場への上場を維持し、企業の社会的信用の低下を可能な限り防ぐために、社外の弁護士、公認会計士、学者などを中心として社外調査委員会がもうけられる場合があります。ただし、そのような社外調査は時間がかかるのが通例ですので、まずは、社内での調査が行われなければなりません。
    この場合、関係する資料の確認のほか、関係者からの聞き取りが必要となります。注意しなければならないのは、当局から企業が口止めや口裏合わせをしていると疑われないようにすることです。社内調査の目的について、当局に対し事前にきちんと説明しておく必要があります。また、聞き取りを行う担当者は、当該刑事リスクの事象に関与している部署とは関係のない部署にいる者でなければなりませんし、調査権限を実効的にするためには、幹部かそれに準じる立場の者でなければなりません。さらに聞き取りの内容も、責任追及的なものではなく、客観的な事実を確認することを最優先にしなければなりません。というのも、あまり追及的にすると、当事者が保身を図るために嘘をつく可能性があるからです。
  3. マスコミ対応
    最近の例を見ればわかるように、企業不祥事に対するマスコミ・世論のバッシングは、激しいものがあります。報道等によって企業に関する評判が悪くなって、信用やブランド価値が低下し、企業が被る損失のことをレピュテーションリスクといいます。このレピュテーションリスクは刑事リスクの中でも、大きな位置を占めます。
    マスコミ対応のワースト3を挙げるなら、①情報隠し、②不十分な調査のままでの発表、③記者会見での不適切な発言です。
    ①の情報隠しですが、マスコミは、情報を隠そうとすればするほど、どんどん調べようとしますし、企業側の発表が不十分ですと、周辺取材で集めた情報をもとに報道します。その場合、実際の事実とは異なる内容の報道がなされるおそれがあります。現代の高度情報化社会の下では、いったん捜査等が行われ刑事リスクが発生した以上は、それを気づかれないようにすることは不可能です。むしろ、まだ世間が知らない事実を企業の方から積極的に発表することによって、報道される内容をある程度はコントロールすることができます。情報開示に積極的な企業であるという印象を持たれることにより、報道は企業の発表の後追い的なものになり、当初の報道は厳しいものであったとしても、そのうち好意的で冷静な報道になる事例が多いようです。
    ②の不十分な調査のままの発表ですが、これは、いったん発表したことを後で訂正することを繰り返すということになり、レピュテーションリスクをむしろ高めてしまいます。しかし、記者会見をしていながら、「まだ調査中です」という答えを繰り返しているようでは、結局、①の情報隠しと同じような印象を与えます。この点からも、社内調査を迅速に行って事実とその原因を確かめることが重要です。
    ③の記者会見での不適切な発言ですが、過去の企業不祥事の会見では、執拗な取材にトップが腹を立ててしまい、「私だって寝ていないんだ」と発言したり、あるいは別の企業の会見では、開き直って、「まあ、スピード違反みたいなもんですよ」と発言したことで、それぞれの会社が大きな批判を浴びたことがありました。実際、マスコミ各社の中には、企業側にとっては、失礼で非常識と思われるような質問をしてくる場合もあります。しかし、そこで腹を立てたり、開き直ることは何の得にもなりません。少なくとも、刑事リスク発生後には、その重大性等についてトップ以下企業の構成員全体が正しい意識を持つことが大切です。
  4. 刑事リスク発生の際の注意点(総論のまとめ)
    以上のとおり、刑事リスク発生の際には、やらなければいけないこと、注意しなければいけないことがたくさんあります。
    万が一の刑事リスク発生の際には、早期の段階で弁護士にご相談いただければ、適切な対処方法を具体的に助言し、また、当局とも折衝することができます。もちろん、刑事リスクを予防するための方策についてのご相談についても、積極的に対応いたしておりますので、気軽にご連絡ください。
    なお、次回以降は、刑事リスクについて、談合・カルテルやインサイダー取引などの企業犯罪の対応、従業員・幹部が私的に犯罪を行った場合の対応など、具体的な事案ごとの解説を行う予定です。


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