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論文・セミナー

「企業活動における刑事リスクについて(第4回)」

1 公職選挙法違反について

平成21年夏の衆議院選挙では、皆様ご承知のとおり、劇的な政権交代が行われました。
私の住んでいる地域でも、熾烈な選挙戦が行われ、現職の2世議員を破って、若い新人候補が当選しました。
この政権交代によって、経済や福祉など、これからの日本がどうなっていくのかについては、興味が尽きないところです。
他方、昨年の選挙においても、過去の例にもれず、各地で選挙違反が摘発されています。
そこで、今回の「企業活動における刑事リスクについて」では、トピックとして、公職選挙法違反を取り上げます。


2 買収行為
  1. 投票買収と運動買収
    「選挙違反」という言葉を聞いて、真っ先に思いつくのが、買収行為ではないでしょうか。
    公職選挙法221条1項では、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもって選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」には、3年以下の懲役・禁錮又は50万円以下の罰金に処するとされています。なお、候補者、出納責任者、選挙運動を主宰した者がこの罪を犯したときには、より重くなり、4年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金に処するとされています。
    これは、典型的には、Aさんに投票をしてくださいということを有権者に依頼して、その対価としてお金を渡すという行為を指し、これを「投票買収」といいます。
    このような行為が選挙違反に当たるということは当然であり、誰でも知っていると思います。
    そればかりではなく、この条文では、「選挙運動者」も対象になっています。例えば、Aさんの選挙運動を一緒に手伝ってビラ配りをしてくださいと依頼して、その対価としてお金を渡す行為も、「運動買収」として犯罪になります。運動員にもお金を渡してはいけない、つまり、原則として選挙運動をする人はボランティアでなければならないということをご存じでない方が意外に多いようです。
  2. お金をもらった人も罪になる
    この「投票買収」と「運動買収」については、頼んだ側だけではなく、頼まれてお金をもらった側も罪になります。
    公職選挙法221条4項では「供与、供応接待を受け若しくは要求し」た者も、同じく3年以下の懲役・禁錮若しくは50万円以下の罰金に処するとされています。
    よくある事例が、選挙運動を手伝ってもらうためにアルバイトを雇うというものですが、この場合、アルバイトをした人も、処罰されることがありまいますので、注意が必要です。
  3. お金を払ってもいい場合とは?
    選挙運動に関係する人であっても、例外的にお金を支払ってもよい場合があります。
    その例外は、①旅費・交通費等の実費、②ウグイス嬢等のもっぱら車上等における選挙運動のために使用する者、③手話通訳、④ハガキの宛名書き等機械的な労務を行う労務者・事務員です。
    また、これらの者に報酬を支給するためには、立候補の届出後、文書で選挙管理委員会に届け出る必要があり、報酬の額も、事務員は1万円、車上等運動員及び手話通訳者は1万5000円以内というように、上限があります。
    それでは、事務員として届け出た人にその対価として報酬を払いつつ、それ以外の時間で、ボランティアで選挙運動をしてもらうということは可能でしょうか。
    答えは、原則としてNoであり、もっぱら事務に従事してくれる人であるという認識の下でない限り、選挙運動を多くしている人であることがわかって報酬を払った以上は、買収罪になってしまいます(東京高等裁判所昭和47年3月27日判決)。
    また、有権者に直接働きかける行動をせず、事務所内だけで勤務している人であっても、選挙運動の計画・立案に従事して、運動員に指示をしているような場合は、結局は選挙運動をとりまとめていることになりますので、そのような人に報酬を払うことはできません。
  4. 企業活動で注意すべきこと
    企業活動においても、例えば経営者の同窓生が立候補したなどの理由で、特定の候補者を応援することもあるでしょう。
    そのときに、会社の従業員に選挙運動を手伝ってもらうときがあると思いますが、その場合の注意点とは何でしょうか?
    従業員が有給休暇をとって選挙運動を手伝うことは、OKです。有給休暇は労働者としての権利であり、選挙運動の対価とは認められないからです。
    しかし、従業員を出勤扱いにして、選挙運動に従事させることはできません。会社の仕事をしている訳ではない以上、その間の給料は、まさに選挙運動をしたことへの対価になってしまうので、運動買収に該当するからです。
    皆様の会社で、何らかの形で選挙にかかわる場合には、公職選挙法の規定には十分注意してください。

3 詐欺投票

買収の次に典型的な選挙違反といえば、詐欺投票です。
公職選挙法237条1項では、「選挙人でない者が投票をしたときは、1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。」とされており、同条2項では、「氏名を詐称しその他詐偽の方法をもつて投票し又は投票しようとした者は、2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。」とされています。
1項は、例えば、特定の候補者に投票したいがために、本当は住んでいない場所に住民票を移して、投票をするという行為がこれに当たります。
また、2項は、例えば、友達が選挙に行く時間がないというので、身代わりで友達になりすまして選挙に行く場合が典型例です。
私がある地方の検察庁に勤務していたときに取り扱った事例では、事情聴取をした関係者から、「うちの地域では昔から、選挙に興味のない人から用紙をもらって、代わりに投票に行くということが常識的に行われてきたんです。」ということを聞き、非常に驚いたことがありました。


4 未成年者の選挙運動

その他、ボランティアも含めて、未成年者は選挙運動をすることができません(公職選挙法137条の2)。
この違反については、1年以下の懲役又30万円以下の罰金に処せられます(公職選挙法239条)。
未成年者に選挙運動をさせた人も、これによって処罰されます。


5 公民権停止と連座制

公職選挙法違反で起訴され有罪判決を受けた場合には、候補者にとって重大な影響があります。
候補者自身が罰金も含めて有罪判決を受けた場合には、原則として、当選した場合であれば当選が無効になりますし、また、当選の有無にかかわらず、裁判が確定した日から5年間若しくは執行猶予の期間中は、選挙権及び被選挙権が停止されます。
これを公民権停止といいます。
また、候補者自身が起訴されていないにしても、選挙の総括主宰者及び出納責任者等が有罪判決を受けた場合には、当選無効となったり、5年間、同じ選挙区から立候補できないというペナルティがあります。
これを連座制といいます。


6 公職選挙法違反の捜査と取調べの可視化について

選挙が行われる場合、警察は必ず選挙違反を摘発するとの姿勢の下に、公示前から情報を収集し、選挙期間中も活発に内偵捜査を行います。
選挙違反の取締りを担当する部署は、都道府警本部の捜査2課(知能犯担当)であり、選挙期間中は、他の担当部署や所轄警察署からも多くの応援をもらって、十分な布陣をしいた上で、熱心に内偵捜査を行います。
選挙の動向に政治的な影響を与えてはいけないため、投票日までは、関係者からの事情聴取や逮捕等は控え、投票日の翌日になってから、本格的に捜査に着手するのが通例です。
また、公職選挙法違反については、法令の解釈や裁判での立証に難しい面がある場合も多いため、通常の事件に比較し、より綿密に検察庁と警察が連携をとっています。
ただ、選挙違反を摘発することは、警察にとって大きな実績になるので、都道府県警が互いに競い合い、必ず選挙違反の事件をやらなければならないということがノルマになっているようです。
そのため、鹿児島の志布志事件のように、最初に誤った情報や思いこみで捜査に着手したため、後戻りができなくなり、えん罪を生み出してしまうという弊害が生じているのです。
もちろん、健全な選挙が行われることは民主主義の基本であり、選挙の公正を害する違反が行われたときには、厳正に対処することが必要です。しかし、そのための捜査が誤った方向に行かないためには、国民による監視が十分になされなければなりません。
近時、取調べの可視化、つまり取調べの様子をすべて録音・録画するという制度を導入すべきという問題が大きく取り上げられるようになっており、私も、捜査を近代化するためには、この取調べの可視化が不可欠だと考えています。
検察、警察は最近、ごく一部の事件を対象に、取調べの最後の様子のみを録音・録画するという制度を導入していますが、まだまだ不十分であり、全面的な録音・録画による可視化を実現する必要があります。
刑事弁護に普段から携わっている一弁護士としては、今回の政権交代によって、取調べの可視化が実現することについて、大いに期待をしている次第です。




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