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論文・セミナー

「金融商品取引法について  ~特にインサイダー取引規制に重点をおいて~」

証券取引に関連する犯罪摘発については、捜査当局がかなり力を入れています。 地検特捜部だけでなく、警察の生活経済課、また、暴力団が関連する場合も多く捜査4課もノウハウを得ています。 インサイダー取引の摘発は、捜査当局の実績になるということもあり、軽微なものでも摘発されますが、 その場合のサンクションは極めて大きいものです。 特殊な内部情報を得た役員が金儲けのために不正に取引をするという典型的な事例だけではなく、そういう意識がなくとも、インサイダー取引になってしまう場合があります。 上場会社の関係者だけでなく、弁護士、税理士、公認会計士、経営コンサルタント等が日常出くわす場面のなかでも、そういうリスクが常に生じ得るので、インサイダー取引規制は、ビジネスに必須の知識といえます。

1 金融商品取引法についての概要

金融商品取引法が新しく制定されました。導入として、簡単に触れます。 これは、今までの証券取引法を全面改正したものです。金融・資本市場を取り巻く環境の変化に対応し、投資者保護のための投資商品と投資サービスについて包括的柔軟な制度を整え、「貯蓄から投資へ」という資金の移動を促すものです。 多くの部分は平成19年9月30日までに施行されています。


  1. 投資についての横断的・包括的規制
    組合その他の契約を利用したファンド(集団投資スキーム)にも規制を及ぼすだけでなく、抵当証券、信託受益権、商品ファンドのようにそれまで異なる法律で規制されていた商品を適用対象に含めました。 これは、「貯蓄から投資へ」という動きを踏まえて、
    (1)投資家にとって経済効果が同じサービスについては、同じような仕組みの下で保護が与えられるべきであること(投資家保護)、
    (2)投資に対する包括的な規制を設ければ、投資活動がより活発化すること(投資の促進)
    によるものです。
  2. プロ投資家とアマ投資家を分けて、プロ向けの規制緩和
    (1)一般投資家に移行できないプロ投資家(法律用語では「特定投資家」、
    (2)一般投資家に移行できるプロ投資家、
    (3)プロ投資家に移行できる一般投資家、
    (4)プロ投資家に移行できない一般投資家に分類しました。
    (1)には国、日本銀行、内閣府令で定める適格機関投資家
     (金融機関及び有価証券残高が10億円以上の法人・個人で届出を行った者)、
    (2)には外国政府、地方公共団体、投資者保護基金、上場会社、資本金5億円以上の株式会社等、
    (3)には(1)、(2)に該当しない法人、出身総額が3億円以上の組合の業務執行者である個人、純資産が3億円以上かつ投資資産が3億円以上の個人等、
    (4)にはその他の個人が該当します。
    金商法の行為規制(取引態様の事前明示義務、契約締結時などの書面の交付、クーリングオフ等)について、特定投資家には適用されないという効果があります。
  3. インサイダー取引などの罰則強化
  4. 公開買付・大量保有報告制度の見直し
    公開買付については、買付株数の上限についての制限、公開買付届出書等の様式の改正による開示内容の充実化、強制公開買付の適用範囲の明確化などがなされました。
    大量保有報告制度(上場会社の発行者などによる継続開示義務の対象となっている証券につき、5%超の保有者に対し保有者に関する情報を開示させる制度)については、EDINET(金融庁が管理するシステムでWeb上で閲覧できる)による開示手続の強制、大量保有報告の開示頻度のアップなどが主な点です。
  5. 四半期開示の法定化(平成20年4月施行)
    3か月ごとに発行者の経営成績や財政状態を開示させる制度である四半期報告書について、民刑事の責任と課徴金の伴う法的開示制度化し、かつ、四半期報告書に含まれる財務諸表について公認会計士・監査法人による監査を求めることとしました。
  6. 内部統制報告書制度(平成20年4月施行)
    日本版SOX法(サーベンス・オックスリー法)と呼ばれる規定です。
    上場会社は、有価証券報告書と併せて内部統制報告書を内閣総理大臣に提出しなければなりません。
  7. 取引所の自主規制機能の強化
    金融商品取引所(内閣総理大臣の免許を受けて有価証券の売買及び市場デリバティブを扱う金融商品市場を開設する金融商品会員制法人又は株式会社)は、
    (1)金融商品等(有価証券、預金契約に基づく債権
    その他の権利又は当該権利を表示する証券若しくは証書であって政令で定めるもの、  通貨、デリバティブ取引又はそれに類似する取引など)の上場・上場廃止に関する業務、
    (2)会員等の法令・取引所規則・取引の信義則の遵守状況の調査、
    (3)売買審査、会員等の審査・処分、上場会社の情報の開示の審査・処分といった「自主規制業務」を適切に行わなければなりません。
     自主規制業務については、その全部又は一部を自主規制法人に委託することもでき、また、株式会社形態の金融商品取引所は、会社内に自主規制委員会を設置して、自主規制業務を委託することもできます。
2 インサイダー取引の意義
  1. 会社関係者等のインサイダー取引規制について(金融商品取引法〔以下「金商法」〕 166条)
    (1) 上場会社等の役職員等の会社関係者等が(対象者)
    (2) 当該上場会社等の業務等に関する重要事実の発生後、公表前に(時期)
    (3) 当該重要事実を知りながら当該上場会社等の特定有価証券等の売買等をすること 行為)を原則として禁止するものです。
    多く問題となるのは、会社関係者等によるインサイダー取引であり、こちらをメインに解説していきます。
  2. 公開買付者等関係者等のインサイダー取引規制(金商法167条)
    (1) 公開買付者等関係者等が(対象者)
    (2) 公開買付け等事実の発生後、公表前に(時期)
    (3) 当該公開買付け等事実を知りながら株券等の買付け等または売付けなどをすること (行為)を原則として禁止するものです。
    なお、公開買付とは、企業買収に多く用いられる方法です。
    例えば市場外で株券等を買い付けて5%以上の所有割合になる場合に、公開買付によることが必要とされています。公開買付開始公告、内閣総理大臣宛に公開買付届出書の提出などが必要です。
    公開買付がされれば、株価が上がることが多いですがが、公開前にそのことを知って売買すると、不正な利益が得られるので、これを防止するための規制です。
    後述する村上ファンド事件がこれに該当するとして、起訴されたものです。
  3. 罰則
    5年以下の懲役・500万円以下の罰金(金商法197条の2第13号)。
    法人両罰5億円以下(金商法207条1項2号)。
    法人の業務に関して行った場合は法人も処罰されます。
    村上ファンド事件にみるように、社会的影響が大きいと実刑(懲役2年)もあり得るので、大変、大きな制裁です。
  4. 罰則以外の制裁
    (1)課徴金制度
    経済的利益相当額について、証券取引等監視委員会の調査に基づき、課徴金を取られます。不正にもうけた額を計算して課徴金が課されます。
    (2)その他
    汚い手段で金を儲けたとの印象が強く、報道による会社や当該役員への社会的な非難が大きいといえます。
  5. インサイダー取引が規制されている理由
    簡単に言うと、証券市場の公正性と健全性に対する投資家の信頼の確保です。
    典型例は、発行会社の役員が一般投資家の知らない会社内部の特別の情報を知りながら当該会社の株券等の売買を行うこと。
    このような立場にある者は、開示されなければそのような情報を知り得ない一般の投資家と比べて著しく有利となり、そのような取引は不公平であって、これが放置されると証券市場の公正性と健全性が失われ、一般投資家の証券市場に対する信頼が失われることによるものです。
      なお、商品先物市場では、インサイダー取引の規制はありません。例えば、穀物とか、金とかの相場は、世界的な需要等様々な経済要因で定まるので、特定の会社の内部情報が即価格に影響するというものではないからと考えられます。
3 インサイダー取引の例
  1. 具体例
    1. 上場会社の監査役をしている弁護士が、同社が民事再生を申し立てることが取締役会で決定された後、発表前に、同社株式を売却。
    2. ある人が、上場会社の海外にある主要な工場が火災で焼失したことを友人である同社役員から聞き、発表前に同社株式を売却。
    3. 上場会社の顧問税理士が、同上場会社の売上げが公表された以前の予想値よりも大幅に上回ることを知り、発表前に、同社株式を取得。


  2. 注意点
    1. 利益を得る目的がなくとも、犯罪は成立します。 たまたま知った後、別の動機から株式の売買を行っても、インサイダー取引になり得ます。 取得や売却の動機が、例えばサブプライム問題による下落を懸念したものであっても、   形式的に条文に当てはまれば、インサイダー取引に該当し得ます。
    2. 条文の解釈や例外規定がややこしく、インサイダー取引に当たるかどうかの判断が難しいです。
    3. 顧問弁護士、顧問税理士、経営コンサルタント等は、職務上知り得た事実による自身のインサイダー取引に注意するだけでなく、相談を受けたときの対応にも注意しないと、インサイダー取引の共犯となったり、当事者から損害賠償請求をされるリスクがあります。
    4. 上場企業の役員が利益を得る典型的な例だけでなく、上場企業のサラリーマン、一般投資家等も捜査・調査の対象となり得るし、相続等による株式の売却や、組織再編等に際しても、常に念頭に置いておく必要があります。
4 金商法におけるインサイダー取引規制の改正点
  1. インサイダー取引規制の罰則強化
    (3年以下の懲役・300万円以下の罰金、法人両罰3億円以下→5年以下の懲役・500万円以下の罰金、法人両罰5億円以下)平成18年7月4日から施行されています。
  2. 禁止取引範囲の拡大(デリバティブ取引)平成19年9月末日から施行されています。
    デリバティブ取引について、簡単に説明します。
    あくまで理解のための説明ですので、正確性を欠くかもしれないが、以下のようなものです。
    まずこの取引は、リスクヘッジや投機目的で行われます。 金融派生商品と訳され、先物取引、オプション取引、スワップ取引に分類できます。先物取引は将来の一定の時期に取引対象の受渡しと代金の支払いを約束する取引です。
    例えば、1年後の国債を100万円で買うという約定で取引するものです
    (実際に1年後の価格が100万円+金利以上なら得)。
      オプション取引は、一定の日にある価格で買ったり売ったりする権利の売買です。
    例えば、1年後に1ドルを100円で買う権利の売買です。
    スワップ取引とは、ある条件でキャッシュフローを交換する取引のことを言い、固定金利と変動金利とか、円とドルを一定の条件で交換する取引です。
    インサイダー規制で問題になるのは、会社の株券等の証券に関連するデリバティブ取引です。
  3. そのほか、必要な用語の整理等が行われているが、基本的な規制の中身は、従前の証券取引法と変更ありません。
5 証券取引等監視委員会(通称SESC又は日本版SEC)
  1. 金融庁に置かれた機関
    中央だけでなく、各地方財務局にも部署があります。
  2. 職員数564名(平成18年末)。検察庁からも複数の出向者がいて、調査活動等に携わっています。
  3. 日常的な市場監視、一般からの情報受付、犯則事件の調査・告発等を行っています。
    SESCの告発→地検特捜部の捜査という流れになります。
    課徴金の調査についてはSESCが直接担当します。

ここから、インサイダー取引規制について、具体的な細かい話に入っていきます。

6 会社関係者等とは?(対象者)
  1. 会社関係者等
    1. 上場会社等またはその親会社若しくは子会社の
         (i)役職員(職務に関し知ったとき)
         (ii)会計帳簿閲覧等請求権を有する株主(権利行使に関し知ったとき)
         (iii)法令に基づく権限を有する者(権限行使に関し知ったとき)
         (iv)契約締結者・契約締結交渉中の者(契約の締結等に関し知ったとき)
         (v)ii又はivと同一法人の他の役職員(職務に関して知ったとき)
    2. 元会社関係者(会社関係者でなくなってから1年以内の者)
    3. 情報受領者(会社関係者または元会社関係者から重要事実の伝達を受けた者及び職務上の情報受領者と同一法人の他の役職員)
  2. 上場会社等とは?
    1. i社債券、ii優先出資法に規定する優先出資証券又はiii株券若しくは新株予約権証券(政令で定めるものを除く)で金融商品取引所に上場されているもの
    2. 店頭売買有価証券又は取扱有価証券に該当するもの
    3. その他政令で定める有価証券の発行者。
      なお、金融商品取引所とは、東京、大阪、名古屋、札幌、福岡、ジャスダックの各証券取引所です。
      ご承知のとおり、マザーズ、ヘラクレスといったベンチャー企業向け市場も開設されている。また、取扱有価証券は、別名グリーンシート銘柄といわれており、未公開企業の株式の取引を円滑に行う制度です。 あと、将来の金利の取引といった金融先物等は東京金融先物取引所で取り扱っています。
      その他政令で定める有価証券は、外国法人の発行する証券等で上場されているものをいいます。
  3. 役員等がその者の職務に関して知ったとき
    i 役員=取締役、会計参与、監査役若しくは執行役又はこれらに準ずる者
    ii 代理人=支配人、代理権を有する弁護士等
    iii 使用人その他の従業者=実際に業務に従事する者をいい、アルバイト、派遣社員、出向社員等を問わない。
    iv その者の職務に関して知った=職務と密接に関連する行為により知った場合を含みます(有力説)。
    例:役員が自社工場の火災をテレビで知ったとしても、自己の職務上の立場からそれが重要事実に当たる規模のものであることを知った場合も含むとされています。
  4. 法令に基づく権限を有する者
    上場会社の調査を担当した公務員が典型。
  5. 契約締結者等が契約の締結・交渉・履行に関し知ったとき
    例:顧問契約を締結している弁護士、税理士、監査に関する契約を締結している公認会計士、融資契約等を締結している銀行の役職員、引受証券会社の役職員、会社の重要書類の印刷を請け負う者、会社の重要会議における通訳をする者などです。
  6. 情報受領者
    会社関係者または元会社関係者から、当該会社関係者又は当該もと会社関係者が、その職務に関して知った重要事実の伝達を受けた者が該当します(第1次情報受領者)。
    否定例:役員同士の立ち話を偶然聞いたり盗聴した者は該当しません。
  7. 裁判例
    ※大日本土木事件(名古屋地裁平成16年5月27日判決)
7 重要事項とは?
  1. 投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす情報であり
    (1)決定事実
    (2)発生事実
    (3)決算情報
    (4)バスケット条項
    (5)子会社の決定事実、発生事実、決算情報、バスケット条項
  2. 決定事実 決まっただけで、まだ発生していない事実をいいます。
    =業務執行を決定する機関が、下記事項を行うことについての決定をしたこと  かなり細かく決められているので、覚えるのは無理。
    ちょっと引っかかりそうという嗅覚を働かせて、条文に当たる必要がある。
    (1)株式・新株予約権の募集
    (2)資本金の額の減少
    (3)準備金の額の減少
    (4)自己の株式の取得
    (5)株式無償割当て
    (6)株式の分割
    (7)剰余金の配当
    (8)株式交換
    (9)株式移転
    (10)合併
    (11)会社分割
    (12)事業の譲渡・譲り受け
    (13)解散
    (14)新製品・新技術の企業化
    (15)上記に準ずる事項
    1. 業務上の提携・提携の解消
    2. 子会社の異動を伴う株式・持ち分の譲渡・取得
    3.    
    4. 固定資産の譲渡・取得
    5.    
    6. 事業の休止・廃止
    7.    
    8. 上場廃止申請、登録取消申請、取扱有価証券としての指定取消申請
    9.    
    10. 破産手続開始、再生手続開始又は更生開始手続開始の申立て
    11.    
    12. 新たな事業の開始
    13.    
    14. 防戦買いの要請
    15.    
    16. 預金保険法74条5項による申出
  3. 決定事実の軽微基準について
    上記(1)、(5)、(6)、(7)、(8)、(10)、(11)、(12)、(14)、i、ii、iii、iv、viiには、軽微基準があり、重要事実から除かれる。 例:株式分割で1株に対し増加する割合の株式が0.1未満、
    新製品等の企業化で開始から3年間の売上高の増加額が10%未満と見込まれる場合等。
    合併とか解散、破産等の申立は軽微基準ありません。
  4. 業務執行を決定する機関
    =会社法所定の決定権限のある機関に限らず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りる(日本織物加工事件・最高裁平成11年6月10日判決)。 ワンマン社長なら、その意思決定のみで足りる。
  5. 発生事実
    決まっただけでは足りず、実際に発生していることが大事です。
    (1)災害に起因する損害・業務遂行の過程で生じた損害
    (2)主要株主の異動
    (3)特定有価証券等の上場廃止等の原因となる事実
    (4)上記(1)~(3)に準ずる事実
    1. 財産上の請求にかかる訴えの提起・判決・裁判によらない完結訴えを提起されたことという受け身の場合をいいます。裁判によらないとは、例えば薬害訴訟を起こされている製薬メーカーが和解をしたという場合。
    2. 事業差し止めその他これに準ずる処分を求める仮処分の申立て・裁判・裁判によらない完結
    3. 免許取消し・事業停止その他これらに準ずる行政庁による法令に基づく処分
    4. 親会社の異動
    5. 上場会社等以外の者による破産手続開始・再生手続開始・更正手続開始・企業担保権実行の申立て・通告 通常は債権者からによります。会社からする場合は決定事実です。
    6. 手形・小切手の不渡り・手形交換所による取引停止処分
    7. 親会社に係る破産手続開始の申立て等
    8. 債務者に対する債権・保証債務に係る主債務者に対する求償権について債務不履行のおそれが生じたこと
    9. 主要取引先との取引停止
    10. 債権者による債務免除・第三者による債務の引き受け・弁済
    11. 資源の発見
    12. 特定有価証券等に係る取扱有価証券としての指定の取消しの原因となる事実

  6. 発生事実の軽微基準について
    上記(1)、(3)、i、ii、iii、viii、ix、x、xi、xiiには、軽微基準あり。
    災害とか債務不履行とかは程度によりますが、主要株主の変更や破産関係は軽微基準ありません。
    (1)の損害は、損害額が最近事業年度末の純資産額の3%未満なら該当しません。

  7. 決算情報
    (1)売上高
    (2)経常利益
    (3)純利益
    (4)剰余金の配当
    (5)連結の売上高
    (6)連結の経常利益
    (7)連結の純利益
    ※いずれも軽微基準あり。
    例えば、公表した予想値や、予想値公表していない場合には前期の決算の数値からの増減額が例えば30%以上といった基準です。

  8. バスケット条項 重要事実では、これが大きな問題で、結構悩ましいです。あいまいな規定だから、  学説上は、削除すべきという意見も強いです。これがあるために、  実務的には、微妙なときは取引をやめておいた方が無難という方向に流れやすいといえます。
    (1)上記各事実を除き、当該上場会社等の運営、業務または財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすものは重要事実となる(金商法166条2項4号)。
    (2)決定事実等に該当するものの軽微基準で重要事実とならない場合、バスケット条項の適用あり得るか? ※日本商事事件(最高裁平成11年2月16日判決)
    日本商事が開発・製造した新薬について、副作用による死亡例が発生した。
    その公表前に日本商事の使用人であるAほか25名は、同社株式を売却した。
    副作用の発生について被害者らに対する損害賠償の問題を生ずる可能性があることについては、損害の発生に該当するとして、純資産の3%未満という軽微基準に当たれば、重要事実に該当しないようにも思える。
    しかし、最高裁は、日本商事が有力製品として期待していた新薬であるユースビル錠に大きな問題があることを疑わせ、同錠の今後の販売に支障を来すのみならず、日本商事の特に製薬業者としての信用を更に低下させて、同社の今後の業務の展開及び財産状態等に重要な影響を及ぼすことを予測させ、ひいては投資者の投資判断に著しい影響を及ぼし得るという166条2項2号イ(損害の発生)として包摂・評価されない面については、バスケット条項の該当性を問題にすることができるとした。
    (3)バスケット条項該当の例
    研究開発型企業で中心となっていた人物の退職、任意整理の決定、多額の債務免除の要請を行うことの決定、多額の債務の免除を内容とする特定調停の申立て等。
    反対に組織等経営状態が安定している会社における代表取締役の死亡事故のように投資者の投資判断に著しい影響を及ぼさない場合は該当しません。
    その都度、その都度でこれまでの判例等に照らし合わせて検討する必要があります。 結局、危ないかも、インサイダーかもというまずは勘が働くことが大事で、知らないと素通りしてしまいます。
8 特定有価証券等の売買等とは?
  1. 特定有価証券等
    (1)特定有価証券
    社債券、優先出資証券、株券、新株予約権証券、外国法人の発行する証券等で上場等されているもの
    (2)関連有価証券
    投資信託・外国投資信託の受益証券、投資証券、特定有価証券に係るオプションを表示する証券等(カバー・ワラント)など。
  2. 売買等
    =売買その他の有償の譲渡もしくは譲受け又はデリバティブ取引
    ※デリバティブ取引=金融商品・金融指標の先物取引・オプション取引・スワップ取引等
  3. 「売買等」に該当しない場合
    贈与等無償の移転行為、相続、質権や譲渡担保権の設定(担保権の設定自体で利益が上がるわけではないため。
       ただし保権の実行として市場で処分することはインサイダー取引に該当し得る)
9 重要事実等の公表とは?
  1. 公表内容 投資者の投資判断に影響を及ぼすべき当該事実の内容がすべて具体的に明らかにされる必要が有ります。 合併の場合は、相手方となる会社の内容や合併の条件等も含みます。
  2. 公表方法
    1. 当該上場会社等の取締役等から公開を委任された者が、2以上の報道機関(新聞社、テレビ局)に対して公開(記者会見、取材対応、電話、FAX、メール等)し、   12時間が経過したこと(12時間ルール) ※スクープではダメです。
    2. 証券取引所等のルールに従って通知し、電磁的方法で公衆に縦覧されたこと。 東証の場合、TDnetを利用して適時開示。
    3. 有価証券届出書、有価証券報告書、四半期報告書等が公衆に縦覧されたこと。
10 適用除外について
  1. 株式の割当を受ける権利・新株予約権・オプションの行使
  2. 株式買取請求等に基づく売買等
  3. いわゆる防戦買い
  4. 公表された株主総会決議等に基づく自己株式の取得
  5. 安定操作取引 有価証券の募集、売り出しをする際に、需給バランスが崩れて価格が不安定になるときがあるので、その場合に価格を安定化するために認められているものです。
  6. 普通社債券の売買等
  7. インサイダー同士の相対取引
  8. 役員持株会・従業員持株会・関係会社持株会による買付けで、一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合
  9. いわゆる「るいとう」(累積投資契約) 証券会社が顧客から金銭を預かり、あらかじめ定めた期日において顧客に有価証券を継続的に売りつける場合をいいます。
  10. 重要事実を知る前に公開買付開始公告を行った公開買付け
  11. 重要事実を知る前に公開買付届出書を提出した自己の株式の公開買付け等
11 公開買付者等関係者等のインサイダー取引規制

※村上ファンド事件(報道による) 
M氏は、平成16年11月8日、ライブドア前社長らから「ニッポン放送株が欲しい」と要請を受け、ライブドアが5%以上のニッポン放送株を買い集める方針を決定し、資金調達に動いているとの情報を入手し、その公表前である翌9日から平成17年1月26日にかけて合計193万株を約99億5000万円で買付け、平成17年2月8日にライブドアに約328万株を売却し、同月23日までに市場で約241万株を売却し、約30億円の不正な利益を挙げた。
なお、M氏は、上記買い集めについては実現性がないと思ったとして、無罪を主張しています。
一審判決では実現可能性があれば足り、その可能性の高低は問わないとされました。
以下は、インサイダー取引を防止するための制度です。

12 特定有価証券等の売買報告書

上場会社等の役員及び主要株主(議決権の10%を保有する株主)は、持株会による買付け等一定の適用除外事由に該当する場合を除き、自己の計算において自社株等の売買等をした場合には、翌月15日までに売買報告書を所轄の財務局長等に提出しなければならない。
ただし、証券会社等に委託等をして当該売買等を行った場合には、当該証券会社等経由で提出。
→違反の場合、6月以下の懲役・50万円以下の罰金。

13 役員・主要株主に対する短期売買利益の返還請求等

上場会社等は、その役員又は主要株主が自己の計算において自社株等につき6か月以内の短期売買をして利益を得た場合、当該利益を返還することを請求できる。
上場会社等がかかる返還請求を行わない場合は、その株主も返還請求することができる。

14 役員・主要株主の空売り禁止

役員及び主要株主は保有する自社株等のリスクをヘッジする限度を超えて空売りすることは禁止される。


(参考文献)


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