PAGE TOP ▲

論文・セミナー

犯罪捜査 取り調べ全過程の録画を

再審で強姦が無罪となった富山県の氷見事件や、鹿児島県で選挙違反が無罪となった事件など、最近、警察や検察の捜査官の取り調べが問題視される事例が多い。私は、弁護士になる前に10年間、検事として刑事事件の現場に携わった経験から、捜査の近代化のために、密室での取り調べの全過程を録音・録画する「可視化」が不可欠と考える。捜査官の暴行や脅迫まがいの違法聴取を防ぐためだ。

 すでに検察庁は、大部分の取り調べが済んだ後で確認的な場面のみを録音・録画するなど、一部の可視化を導入した。警察庁も同じ内容で試行を始める。しかし、違法な取り調べは一番最初に自白するまでの間に行われるものであり、肝心の部分が不明では意味がない。 

 権力で抑えつけ、大声で怒鳴っても、人は簡単に自白しないし、そうして得た自白は本当のものではない。
 私は検事時代、ある談合事件で毎日、拘置所に通って被疑者の取り調べを続けたとき、互いの生い立ちや家族、趣味、人生観などを話し合い、間違った考えには時に真剣にしかったりもした。そんな積み重ねの結果、被疑者が心を開いてくれた。すべてを自白した後の彼の心底ほっとした表情や、「検事さん、明日も来てください」という言葉は、今も忘れられない。生身の人間と人間とのぶつかり合いこそが取り調べなのである。

  「2人だけの、ここだけの話」をしながら信頼関係を醸成することと、すべてを録音・録画して公開することとは相いれず、今までのように自白を得られなくなるというのが、多くの捜査官が抱く違和感だろう。
 警察庁や検察庁は立件が難しくなり、治安が悪化すると主張するが、そうは思わない、欧米やアジアの一部など可視化を実施しているところは多いが、その結果、治安が悪化したという事例を聞いたことはない。むしろ取り調べが違法かどうかをめぐる争いがなくなった結果、取調官が証人として出廷する負担がなくなり、捜査当局から歓迎されているという報告もある。

 凶悪犯罪や動機が不明な事件が目立つ近年の傾向からして、2人だけの世界で本音を引き出す「割り屋」「取り調べの職人」のような刑事・検事が活躍する捜査手法は廃れるだろう。



実際に掲載されたニュースはコチラ(PDF)
PAGE TOP